井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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「創発する学び」について考える @PCカンファレンス

PCC0.jpg2008年8月6日(水)~8日(金)に開催された「2008 PC Conference」の初日に参加した。PCカンファレンスというのは、CIEC(コンピュータ利用教育協議会)と全国大学生活協同組合連合会が共同開催する教育系のカンファレンス。今年は、「創発する学び」をテーマに、慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)で開催された。

基調講演(佐伯先生)

PCC1.jpg最初の基調講演は、佐伯胖(ゆたか)先生(青山学院大学社会情報学部教授, CIEC会長)の講演だ。僕は昔から佐伯先生の本がすごく好きで、実際かなり影響を受けているので、講演をとても楽しみにしていた。講演タイトルは、「学習学ことはじめ ~勉強から学びと共感へ~」。

この講演で、佐伯先生は、“学習学”(学び学)という分野を提唱した。これまで「学び」(学習)については、「教育学」で主に研究されてきたが、それとは異なるアプローチで「学び」に迫っていこうというアプローチを提唱したわけだ。

「学び」は教育に従属するものではない。「教える」という意図的行為に拠らなくとも、人間は学ぶ。そうであるならば、「教育学」のように「教育」というジャンルにおいて「学習」を考えるのではなく、“学習学”というジャンルをまず設定し、そのなかで「学び」について考えるのがよいのではないか。こうして、人間の「学び」について明らかにし、「学び」を支援することを目的とする“学習学”が必要となるのだ。

“学習学”は、言葉的には似てはいるものの、認知科学における「学習科学」(Learning Sciences)とも異なる。学習科学では、学習について科学的な(特に認知科学的)な立場から考えるが、“学習学”では、いわゆる科学の枠を超えて、理論(学習論)、実践(学習実践)、臨床(学習臨床)から構成される。ここで提唱された“学習学”は、実は新しい考え方というよりは、これまで佐伯先生が言ってきたことを端的に言い表したものだといえる。しかし、端的に言い得た分、その論を知らない人にも伝わりやすくなったと思う。

これからの「学び」の具体的なイメージについては、佐伯先生は、「教え主義の教育」と「共感的参加型の学習」を比較し、後者が重要であるということを主張した。「参加型」というだけならば簡単であるが、そこには学習者の能動性がどうしても不可欠となる。このような能動性は、学習者自身の中だけから生まれる人依存の性質なのだろうか。佐伯先生は、そうではない、という。

「近年の状況的学習論や社会構成主義的学習論が示唆しているように,学習者の学習への能動性の源泉は『他者と共にいる』という協同性にある。何らかの『共同体』実践に加わることから,そこでの自律的参加が『いざなわれる』のである。そこでは,『他者と共にある』中での『自分らしさ(アイデンティティ)』の確立が促進されるのである。自分なりの参加に独自性が発揮され,そのことが共同体によって『よろこばれる(appreciateされる)』のである。」(佐伯胖, 2008 PC Conference 基調講演概要より)

「共感的参加型の学習」という指摘は重要だ。これは、従来からの「教え主義の教育」とは異なる目標をもつということにつながる。「『勉強』の世界では,学習の動機づけは個人能力の高揚だけにある」(佐伯胖, 2008 PC Conference 基調講演概要より)が、「共感的参加型の学習」では、関係性のなかの自分が高まっていく。そしてそれは、個人能力というよりは、関係性における能力なのだ。まさにSFCが設立当初から目指してる方向性であり、僕も「コラボレーション技法ワークショップ」や研究会で目指しているものだ。

この講演では、このほかにも、「学びを“関係論的”に見る」や「人は共感によって世界を知る」という魅力的な話が出た。興味深かったのは、ミラーニューロンの発見の意義についての話である。佐伯先生が70年代に提唱した「擬人的認識論」(自分の「分身」を世界に投入することで、世界を認識する)が、ミラーニューロンの発見によって科学的に裏付けされたという。そしてそこから、マイケル・ポランニーの個人的知識の話につながったりと、分野横断的に「学び」について語る語り口がとても魅力的な講演だった。


基調講演(熊坂先生)

PCC2.jpg2つ目の基調講演は、今回のPCカンファレンスの実行委員長である熊坂賢次先生(慶應義塾大学環境情報学部教授)の講演だ。
タイトルは、「SFCの挑戦:『未来からの留学生』から未来創造塾へ」。熊坂先生らしいトークで、笑いながら聞いた。

熊坂先生の講演では、1990年に開校したSFCが何を目指し、今後どこに向かうのか、ということが語られた。SFCの出発点は、佐伯先生の指摘と同様に、「知識の伝達」には限界がある、という問題意識だ。そこで、SFCでは「知識の伝達」ではなく、絶えざる「時代の変化」に対応していける「問題発見・解決の方法論」の開発と共有が目指された。それに応じて、知識の伝達のための「教育」体制ではなく、問題発見・解決を実践し、方法論を開発する「協働的な学習」体制の構築が行われてきた。

この精神は、「先端と創造のカリキュラム」と呼び得る現行カリキュラムにもしっかりと根づいている。このカリキュラムの特徴は、「階層(教養と専門)の打破」、および「時代性の<先端>と、時代性を超越する<創造>の対抗的相補性」だ。そして、その中核をなす「研究会」では「先端と創造の探究(研究)=研究の本質」が行われる。しかも、それをチームで行うということが重要であり、それこそが「半学半教の精神」につながるのだ。

今後SFCは、『未来創造塾』として研究と教育と生活の融合を目指していく。このように、この講演では「学び」という観点から、SFCがこれまで何を考え何を実践してきたのか、ということが語られた。興味深い講演だった。


パネルディスカッション(プロジェクトによる学び)

PCC3.jpg午後には、妹尾堅一郎先生(東京大学, CIEC副会長)の司会のもと、「プロジェクトによる学び」(Project Based Learning:PBL)のパネルディスカッションが行われた。パネルには、「プロジェクトによる学びの創発とメディア」の熊坂賢次先生(慶應義塾大学)、「経験学習とプロジェクト型授業」の長岡健先生(産業能率大学)、「ソフトウェア開発によるプロジェクトマネジメント教育」の松澤芳昭先生(静岡大学)、「eラーニングの専門家を養成するプロジェクト型実践演習」の北村士朗先生(熊本大学大学院)が登壇した。

全体としては、ひとえに「プロジェクトによる学び」といっても、いろいろなタイプがあるんだなぁ、ということがよくわかる展開だった。要は、みんな言いたいことを言って、それがズレあっているということなのだが。それでも、個別の考えやエピソードは、面白かった。

「プロジェクトによる学び」を実現するには、教員が「面白いプロジェクト」を思いつく必要がある、という指摘が長岡さんからあった。本当にそのとおりだと思う。プロジェクト型教育では、「プロジェクトが面白いかどうか」が重要であり、それゆえ教員が「面白いプロジェクトを思いつくかどうか」が決定的に重要となる。僕も、「コラボレーション技法ワークショップ」や研究会でプロジェクトの設定をするとき、「面白いか」を本気で考えている。参加するメンバーにとって、そのプロジェクトが魅力的にみえなければ、プロジェクトは単なるタスク以外の何ものでもない。それゆえ、プロジェクトの「面白さ」に対してのセンスが求められるのだ。

「プロジェクトによる学び」では、学生の方も求められることが違ってくる。妹尾さんの言葉だが、「知識伝達型では、皆と同じことが言えるかが問われるが、プロジェクト型では他と違うことが言えるかが問われる」のだ。同一化ではなく、差異化、しかも単なる差異化ではなく、プロジェクトという共通基盤の上での差異化である。これは、プロジェクトのみならず、社会においても重要となる能力だ。

熊坂先生が紹介した、評価を学生自身に申告させるという独自の成績評価方法も刺激的だ。「自分の評価は自分で決める。他の人に評価を決められるのはこんなに不幸なことはない」。ここで紹介されたものは、教育評価におけるかなり核心的な(そして革命的な)考え方だと思う。授業運営だけが、従来の知識伝達型と異なるだけではだめだ、というメッセージだからだ。これについては、僕もちゃんと考えていかないといけないと思った。

ところで、ステージ上の熊坂先生が、客席の僕に話を振ったので、僕もステージで一言話すことになった。そこで、「アウトプットから始まる学び」について話した。面白かったのは、妹尾先生がつけ加えてくれた「呼吸法も同じだ」という話。呼吸法では「まず、吐け」と言われるという。吐けば、自然と吸えからだ。そう、「アウトプットから始まる学び」というのは、まさにそういうことだ。SFCでは1年生のうちに創造実践科目において「アウトプットから始まる学び」を実践する。これは、大学入学時までに吸収してきたものを、一度吐き出して(創造・実践して)みることが求められる。その結果、今自分は何が出来て、何が出来ないのか。それを知ることが、それ以降のSFCでの学びに影響を及ぼす。吐き出した分、吸収できるようになる。この呼吸法の話は、かなり僕的にはヒットだった。


さて、今回のPCCは、熊坂先生が実行委員長だということで、井庭研のメンバーにも裏方のお手伝いをしてもらった。おつかれさま!ありがとう。
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