井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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パターン・ランゲージのランゲージ性 — どういう意味で「言語」なのか?

パターン・ランゲージは、なぜ「ランゲージ」(言語)と呼ばれるのかという質問をよく受ける。これにはいろんなレベルで答えることができる。

まず、パターンという単位が、言語における要素(単語)であり、それらが互いに文法的・意味的につながり得る体系があり、使用時にはそれにもとづく結合がなされること。個々のパターンは、それが指し示す対象を表す記号になっている。

パターン名は、そのパターンの内容を象徴するようなことばになっており、これを思考やコミュニケーションにおいて言葉として用いることができる。(僕らがよく開催しているパターン・ランゲージを用いた対話ワークショップを経験すると、この感覚はよくわかる。)

パターン・ランゲージを、ルーマンの「社会システム理論」的に捉えると、コミュニケーションの創発とその連鎖という「ありそうになさ」を生じやすくするメディアであり、社会システムと心的システムを構造的カップリングさせる「言語」であるといえる。(詳しくは、井庭 編著『社会システム理論: 不透明な社会を捉える知の技法』に書いたので、そちらをご覧ください。)

そして、パターン・ランゲージをつくる目的が、コミュニティの共通言語をつくることだというのもある。パターン・ランゲージは、共通言語として、コミュニティを支えたり、活性化させたりする。

これらを総合して、パターン・ランゲージはランゲージ(言語)なのだと考えることができる。
パターン・ランゲージ | - | -

「認識のメガネ」としてのパターン・ランゲージ — メガネをかける、メガネをつくる

パターン・ランゲージは、身のまわりの世界をある視点から見るための「認識のメガネ」だ。そのメガネをかけることで、これまで注目してこなかったことが浮かびあがって見えてくる。

例えば、コラボレーション・パターンを通して、自分たちのチームを眺めてみることで、自分たちが何をやっているのか、そして、何ができていないのかが見えてくる。しかも、よりよいチームにするために何をするとよいかのヒントも見えてくる。

しかも、パターン・ランゲージという「メガネ」は、誰かがつくったものを使うだけでなく、自分たちでつくることができる。自分たちで自分たちの新しい「認識のメガネ」をつくることができるのだ。今後、井庭研では、自分たちでパターン・ランゲージ(認識のメガネ)をつくるだけでなく、パターン・ランゲージをつくる人(認識のメガネ職人)を支援したいと思っている。


世界をある視点で見る「認識のメガネ」(パターン・ランゲージ)は、使っているうちに身体の一部になっていく。メガネを意識的に使う必要はなくなっていくのだ。

僕は博士研究では、思考とコミュニケーションの道具としてのモデリング・シミュレーションのシステム(PlatBox)をつくった。そのとき感じた限界は、そのシステムが、「そろばん」のように体化し必要でなくなる道具ではなかったことだった。そろばんは慣れてくれば、頭のなかではじくことができるようになり、最終的にモノ自体は必要なくなる。しかし、僕らのシステムはずっとそれを使い続ける必要があった。依存し続けなければならない道具だったのだ。しかも、世界の複雑さに対峙するための道具そのものの複雑さを減らすことができなかった点でも限界があった。その道具を使うことができるようになるまでの学習コストが高かったのだ。

その後取り組んだニクラス・ルーマンの社会システム理論も、社会をある視点から捉える「認識のメガネ」としてかなり有効だった。しかし、システム理論の「認識のメガネ」は、そのものの複雑度が大きいため、そのメガネでものを見ることができるようになるのに時間がかかる。しかも、システム理論の「認識のメガネ」はなかなか自分でつくれるようにはならない(僕は自分で「創造システム理論」という独自のメガネをつくったけれども)。そういう意味で、「認識のメガネ」と「認識のメガネづくり」の普及・民主化という観点からは、システム理論も展開可能性については限界を感じざるを得なかった。井庭研で、半年で特定の領域のパターン・ランゲージをつくることはできるようになっても、半年で特定の領域のシステム理論をつくることはできていない(そもそもほとんど試みていない)。

そう考えると、パターン・ランゲージは、モデリング・シミュレーションやシステム理論よりもつくりやすいメディア/道具なのだと思う。しかも、その作成にも使用にもテクノロジーを用いない(ことばというプリミティブなメディアを使っている)ため、敷居も低い。そして、何より「認識のメガネ」としての機能と効果を実感しやすいメディアであると思う。僕にとっては、上述のような反省から出発してパターン・ランゲージにたどり着いたので、これらの特徴はとても可能性を感じている理由となっている。

それ自体が複雑ではなく、前提知識・スキルが求められず、使っているうちに体化していく道具。思考とコミュニケーションと創造を支援する道具。それが僕にとってのパターン・ランゲージだ。


ことあるごとに語っているが、僕は社会の時代変化を3つのCで表して捉えている。

Consumption(消費社会)→ Communication(情報社会)→ Creation(創造社会)

現在私たちは情報社会から創造社会(Creative Society)に移行しつつある。この創造社会の実現に向けての方法・道具として、僕が取り組んでいるのが、パターン・ランゲージ。僕のなかで、これと同じ方向性を向いている研究・活動が、FabLabだと思っている。ものづくりの観点から、創造社会の実現に向かっているのだ。

メガネといっても、認識の「メガネ」ではなく、実際のモノの眼鏡をつくることができちゃうのが、FabLab。装置の民主化を進めることで、誰でもモノをつくることができるようになる。モノの世界はFabLabがやってくれるので任せることにして、僕がやりたいのは、認識のメガネづくりの民主化。パターン・ランゲージという「ことば」をつくり、認識を生み出し、思考とコミュニケーションと創造を支援する。体得し、消えてゆくメディアとしてのパターン・ランゲージ。


先月、井庭研パターン・ランゲージ3部作と位置づけた、ラーニング・パターンプレゼンテーション・パターンコラボレーション・パターンのうち、最後のコラボレーション・パターンが完成した。3部作すべてをあわせると108個のパターンがあり、僕はこれらが創造社会に生きる人にとっての基本スキルとなると考えている。5年越しでようやくミッションを達成した。しかも、僕が最初のパターン・ランゲージ(モデル・パターン)を書いてから10年が経った。10年則というのはやはりあるようで、10年やってきたからこそ見えてきたこともたくさんある。

これから井庭研のパターン・ランゲージ研究は新しいフェーズに入る。僕自身、とても楽しみにしている。そして、みなさん、今後の展開もお楽しみに!
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