井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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2010年度春学期「シミュレーションデザイン」シラバス抜粋版

2010年度春学期の「シミュレーションデザイン」のシラバスの抜粋版を掲載します。履修に際しては、必ず公式の詳細なシラバスを参照してください。

「シミュレーションデザイン」(担当:井庭 崇, 古川園 智樹)

主題と目標
複雑で動的に変化するシステム———例えば生命や社会など———を理解するためには、それに見合う道具立てが必要になります。そのような「思考の道具」として、本科目では「コンピュータ・シミュレーション」に着目します。コンピュータ・シミュレーションとは、理解したい対象の仮説的なモデルをつくり、そのモデルをコンピュータ上で動かしてみることで、その理解を深めるという方法です。
 本科目では、どのようにモデル化を行い、どのようにプログラムを構築するのか、どのようにシミュレーション実験を計画し、どのように実行・分析するのか等を、講義と演習によって身につけていきます。最終的には、各自の学術的研究で活用できる力をつけることを目指します。なお、必要なことはすべて授業で取り上げるので、プログラミングの知識・スキルは前提としません。
 今年度取り上げるのは、「ネットワーク科学」(Network Science)の研究です。近年、自然や社会における物事の関係性の構造に共通の特徴があることがわかり、「スケールフリーネットワーク」として注目を集めています。授業では、スケールフリー・ネットワークの生成原理をめぐるシミュレーション研究を追体験します。

教材
  • "Linked" (Albert-Laszlo Barabasi, Plume, 2003)
  • 『すべての人のためのJavaプログラミング』(立木秀樹, 有賀妙子, 第2版, 共立出版, 2007)

    提出課題・試験・成績評価の方法
  • 授業中の演習への取り組み、宿題、ファイナルプロジェクトの発表/レポートから、総合的に評価します。
  • ファイナルプロジェクトでは、ペアもしくは個人で、簡単なシミュレーション研究に取り組みます。テーマは自ら決めるか、あるいはこちらで用意したものから選択できます。

    履修上の注意
  • 授業中の演習やファイナルプロジェクトにおいて、各自のノート型パソコンを用いたシミュレーションデザインを実践します。各自PCを用意してください(MacとWindowsのどちらでも構いません)。
  • この授業では、プログラミングや数学の事前知識・スキルは求めません。ただし、学期中に「シミュレーション研究に必要なプログラミング」についての知識やスキルを身につけてもらいます。授業スタッフも、できるかぎりサポートします。

    授業計画(詳細については、公式シラバス参照してください。)
    第1回 イントロダクション
    第2回 シミュレーションの基礎
    第3回 ネットワーク科学とシミュレーション(1)
    第4回 シミュレーションプログラミングの基礎
    第5回 ネットワーク科学とシミュレーション(2)
    第6回 ネットワーク科学とシミュレーション(3)
    第7回 ネットワーク科学とシミュレーション(4)
    第8回 ネットワーク科学とシミュレーション(5)
    第9回 ネットワーク科学とシミュレーション(6)
    第10回 ファイナルプロジェクトのテーマ発表会
    第11回 ネットワーク科学とシミュレーション(7)
    第12回 シミュレーション研究の実践技法
    第13回 ファイナルプロジェクト発表会
  • 授業関連 | - | -

    2010年度春学期「社会システム理論」シラバス抜粋版

    2010年度春学期の「社会システム理論」のシラバスの抜粋版を掲載します。履修に際しては、必ず公式の詳細なシラバスを参照してください。

    「社会システム理論」(担当:井庭 崇)

    主題と目標
    この授業の目的は、社会を「システム」として捉える視点を身につけることです。ここで取り上げるのは、最新の「社会システム理論」(オートポイエーシスの社会システム理論)です。その理論では、社会はコミュニケーションがコミュニケーションを連鎖的に引き起こすことで成り立つシステムであると捉えます。このような捉え方で、社会学者ニクラス・ルーマンは、次のような問題に答えようとしました。「社会的な秩序はいかにして可能なのだろうか?」と。個々人は別々の意識をもち、自由に振る舞っているにもかかわらず、社会が成り立つ(現に動いている)、この不思議に取り組むのが、社会システム理論です。
     社会システム理論の捉え方によって、既存の社会諸科学では分析できない社会のダイナミックな側面を理解することができるようになります。また、個別の学問分野を超えた視点で社会を捉えることができるようになります。この理論を考案した社会学者ニクラス・ルーマンは、この社会システム理論を用いて、経済、政治、法、学術、教育、宗教、家族、愛などの幅広い対象を分析しています。総合政策学的な/超領域的なアプローチの新しい基礎論として、社会システム理論を一緒に探究しましょう。

    教材
  • 『Social Systems』(N. Luhmann, Stanford University Press, 1984)
    (邦訳として『社会システム理論(上)(下)』(N・ルーマン, 恒星社厚生閣, 1995)が出版されていますが、いくつかの理由から今年度は英語版を用いることにします。)

    提出課題・試験・成績評価の方法
    成績評価は、授業での積極的な参加、宿題、学期末レポートから総合的に評価します。

    履修上の注意
    この授業では、授業と並行して各自『Social Systems』(Niklas Luhmann)を読み込んでもらいます。この本は難解であるため、じっくり時間をかけて理解することが求められます。難しいながらも理論書をじっくり読み、慣れ親しんでいくということを重視したいと思います。そこで、学期を通して、この文献読解と、レジュメ作成の宿題に取り組んでもらいます。

    授業計画(詳細については、公式シラバス参照してください。)
    第1回 イントロダクション
    第2回 社会システム理論の位置
    第3回 ダブル・コンティンジェンシーと社会形成
    第4回 行為とコミュニケーション
    第5回 コミュニケーションの不確実性とメディア
    第6回 コミュニケーションの生成・連鎖としての社会システム
    第7回 社会システムの閉鎖性/開放性と環境
    第8回 意識の連鎖としての心的システム
    第9回 近代社会の機能システム(1)
    第10回 近代社会の機能システム(2)
    第11回 システム間の構造的カップリング
    第12回 相互行為、組織、社会
    第13回 総括、および新しい領域への展開
  • 授業関連 | - | -

    2010年度春学期 担当科目

    2010年度春学期の僕の担当科目は、以下の通りです。

    学部科目
  • 「社会システム理論」(木曜1限)
  • 「シミュレーションデザイン」(木曜3・4限)

    学部研究会
  • 「研究会A」(火曜5限&木曜5限)

    大学院科目
  • 「概念構築(CB)」(火曜3限)の一部

    大学院プロジェクト
  • 「インターリアリティプロジェクト」
  • 「生活実践知プロジェクト」
  • 授業関連 | - | -

    井庭研究会シラバス(2010年度春学期)最新情報

    井庭研究会の2010年度春学期のシラバスを作成・公開しました。公式サイトは学内限定公開なので、ここにも掲載しておきます。(以下、2010年3月28日更新の最新情報です。)

    エントリー〆切を、2010年4月5日まで延長します。履修希望者は全員、指定のエントリー情報・課題を提出してください。

    井庭崇 研究会(A型)2010年度春学期シラバス
    「Creative Systems Lab. ── 創造的に考え、魅力的に書くことの探究」

    ( 2010年度 春学期 /火曜日5時限, 木曜日5時限)

    ■ 目的・内容
    本研究会では、「創造的に考え、魅力的に書く」ことについて探究し、その力を自ら身につけることを目指します。本研究会の前提となる考え方は、「創造的に考える」ことと「魅力的に書く」ことは不可分であるということです。創造的に考えることが魅力的に書くためには不可欠であり、逆に、魅力的に書こうとすることで創造的な思考が促進されます。このように表裏一体となっている「考える」と「書く」という知的な営みについて、実践的に探究してみたいのです。

    「創造的に考え、魅力的に書く」ことを支援する方法として、本研究会では次の三つに着目します。

     (1)思考・論述のレトリック
     (2)システム理論にもとづく発想・体系化
     (3)シミュレーションによる構成的理解

    (1)の思考・論述のレトリックは、文彩のレトリックを超えて、対立、隠喩、逆説など、思索を促すはたらきをします。(2)のシステム理論は、分野固有の見方から離れ、対象を新しい視点・体系のもとで捉え直し、徹底して考え抜くことを支援してくれます。(3)のシミュレーションによる構成的理解とは、「つくって理解する」というアプローチのことで、複雑でダイナミックな対象について考えるときに力を発揮します。

    本研究会で、「創造的に考え、魅力的に書く」ことを考えるために取り上げたいのは、生命や社会などの「複雑系」に関する文献です。それらの文献では、生命や社会が、生成され続けることで存在し得るダイナミックなシステムとして捉えられています。また、それらのシステムはその本質に、「システムを構成する要素が、そのシステム自体を前提として構成される」という循環関係をもっていると考えられています。このような複雑でダイナミックな対象について、創造的に考え、魅力的に書いている論考を読むことで、それらの背後にあるコツに迫りたいと思います。 2010年度春学期のテーマは「ネットワーク科学」(Network Science)です。

    以上の探究は、決して一学期で終わるようなものではありません。2010年度春学期からスタートし、1〜2年かけて取り組む予定です。中長期的な目標として考えているのは、「創造的に考え、魅力的に書く」ためのコツを「パターン・ランゲージ」として記述していくことです。パターン・ランゲージは、建築分野で提唱され、ソフトウェア分野で普及した知識記述方法です。井庭研究会ではこれまでも、「学習パターン」など、人間活動に関するパターン・ランゲージを作成してきました(http://learningpatterns.sfc.keio.ac.jp/ 参照)。最終的に「クリエイティブ・パターン」や「ライティング・パターン」を作成することを視野に入れ、来学期からその準備・実践を行っていきます。

    ■ 履修条件
    1. 英語で(ある程度)読み書きができること。 もしくは、チャレンジする意志があること。
    2. 読書量が非常に多くなるが、きちんと毎週読んでくる覚悟と環境づくりができること。
    3. 「答え」を教えてもらうのではなく、一緒に考え抜くことができること。

    ■ 参考文献
  • "Linked: How Everyting is Connected to Everything Else and What It Means for Business, Science, and Everyday Life" (Albert-Laszlo Barabasi, Plume, 2003)
  • "Six Degrees: The Science of Connected Age"(Duncan J. Watts, W. W. Norton & Company, 2004)
  • "Nexus: Small Worlds and the Groundbreaking Science of Networks" (Mark Buchanan, W. W. Norton & Company, 2002)
  • "Ubiquity: Why Catastrophes Happen" (Mark Buchanan, Three Rivers Press, 2001)
  • "The Tacit Dimension" (M. Polanyi, Reissue ed., University Of Chicago Press, 2009)
  • "Notes on The Synthesis of Form" (C. Alexander, Harvard University Press, 1964)
  • "The Tree of Knowledge: The Biological Roots of Human Understanding" (H.R. Maturana & F.J. Varela, Revised ed., Shambhala, 1987)
  • "Mind and Nature: A Necessary Unity" (G. Bateson, Hampton Press, 2002)
  • "I Am A Strange Loop" (D. Hofstadter, Basic Books, 2007)
  • "The Origin of Species: By Means of Natural Selection or The Preservation of Favored Races in The Struggle for Life" (C. Darwin, The Modern Library, 2009)
  • "At Home in the Universe: The Search for the Laws of Self-Organization and Complexity" (S. Kauffman, Oxford University Press, 1995)
  • "The Nature of Order, Book 1: The Phenomenon of Life" (C. Alexander, Center for Environmental Structure, 2001)
  • "The Nature of Order, Book 2: The Process of Creating Life" (C. Alexander, Center for Environmental Structure, 2003)
  • "Linked: How Everything Is Connected to Everything Else and What It Means for Busines, Science, and Everyday Life" (A.-L. Barabasi, A Plume Book, 2003)
  • "Chaos: Making a New Science" (J. Gleick, 20th-Anniv. ed., Penguin Books, 2008)
  • "Life: An Introduction to Complex Systems Biology" (K. Kaneko, Springer, 2006)
  • "Mindstorms: Children, Computers, and Powerful Ideas" (S. Papert, 2nd edition, Perseus Publishing, 1993)
  • "The Essential Peirce: Selected Philosophical Writings I, II" (C.S Peirce, Indiana University Press, 1992, 1998)
  • "The Structure of Scientific Revolutions" (T.S. Kuhn, 3rd ed., University Of Chicago Press, 1996)
  • "Law, Legislation and Liberty, Volume I: Rules and Order" (F.A. Hayek, The University of Chicago Press, 1973)
  • "Exit, Voice, and Loyalty: Responses to Decline in Firms, Organizations, and States" (A.O. Hirschman, Harvard University Press, 1970)
  • "Godel, Escher, Bach: An Eternal Golden Braid" (D. Hofstadter, 20th-Anniv. ed., Basic Books, 1999)
  • "Laws of Form" (G. Spencer-Brown, Bohmeier, Joh., 2008)
  • "Social Systems" (N. Luhmann, Stanford University Press, 1984)
  • "The Timeless Way of Building" (C. Alexander, Oxford University Press, 1979)
  • "The Pyramid Principle: Logic in Writing and Thinking" (B. Minto, 3rd Ed., Prentice Hall, 2009)
  • 『動きが生命をつくる: 生命と意識への構成論的アプローチ』(池上 高志, 青土社, 2007)
  • 『社会の社会 1・2』(ニクラス・ルーマン, 法政大学出版局, 2009)
  • 『アブダクション: 仮説と発見の論理』(米盛 裕二, 勁草書房, 2007)
  • 『シュンペーターの経済観: レトリックの経済学』(塩野谷 祐一, 岩波書店, 1998)
  • 『創造的論文の書き方』(伊丹 敬之, 有斐閣, 2001)
  • 『ものがたりの余白: エンデが最後に話したこと』(ミヒャエル・エンデ, 岩波現代文庫, 岩波書店, 2009)
  • 『一億三千万人のための小説教室』(高橋 源一郎, 岩波新書, 岩波書店, 2002)
  • 『Learning Patterns: A Pattern Language for Active Learners at SFC 2009』(学習パターンプロジェクト, 慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学学部, 2009)※ http://learningpatterns.sfc.keio.ac.jp/ よりPDFをダウンロードできる。
  • 「自生的秩序の形成のための《メディア》デザイン──パターン・ランゲージは何をどのように支援するのか?」(井庭 崇, 『10+1 web site』, 2009年9月号)※ http://tenplusone.inax.co.jp/monthly/2009/09/post-2.php

    ■ その他の留意点
    1. 文献は英語で読みます。これは、英語で読み書きする機会を日常的につくるとともに、対象領域における専門用語や言い回しを学ぶためです。ゼミ内での口頭発表・議論は、日本語で行う予定です。

    2. 輪読文献は、一部を除いて、原則として各自購入してもらいます(印をつけながら読むため)。

    3. ゼミの時間は、延長することがあります。また、ゼミ後に交流会が開催されることもあります。火曜日と木曜日のゼミ直後には、原則として予定を入れないようにしてください。

    4. 井庭が担当する次の科目は、研究会の内容に深く関係しているため、まだ履修していないものについては同時履修してください。(春学期:社会システム理論、シミュレーションデザイン、秋学期:パターンランゲージ、複雑系の数理)

    5. 研究会メンバーには、各人の興味・関心と能力に応じて、複雑系研究や集合知研究、社会分析等の学術研究プロジェクトへの参加を呼びかけることがあります。その場合には、担当教員(井庭)か大学院生がリーダーのプロジェクトで、最先端の研究活動にも参加することになります。

    ■ 授業スケジュール
    毎週のゼミは、「輪読」(火曜5限)と「ワークショップ」(木曜5限)という構成で進める予定です。

    「輪読」では、文献候補リストのなかの文献を、2、3週間で1冊のペースで読んでいきます。全員、読書メモを作成し、輪読発表の担当者は、さらに、内容のまとめと、着目すべき考え方・書き方についての口頭発表(日本語)をします。それを踏まえて、全員で議論します。2010年春学期は、『Linked』、『Six Degrees』、『Nexus』、『Ubiquity』を読む予定です。

    「ワークショップ」では、本研究会のテーマに関連する知識の獲得やスキルアップのための演習、発表&レビュー、ゲストスピーカーによる講演、その他のイベント・作業等を行います。

    ■評価方法
    毎週の輪読/ワークショップへの参加・貢献、学期末の振り返りのレポート、および研究会にまつわる研究活動から総合的に評価します。

    ■ 予定受け入れ人数
    15人

    ■ エントリー課題
    履修希望者は、3月10日までに、以下の情報 (A)自己紹介 および (B)エントリー課題 をメールで担当教員 井庭 崇(iba [atmark] sfc.keio.ac.jp)宛に送ってください。何らかの理由で正規履修ではなく聴講となる場合でも、その理由を明記し、同様にエントリーしてください。

    (A)自己紹介
    1. 名前(+ふりがな)
    2. メールアドレス
    3. 学部・学年
    4. これまでに参加した研究会(あれば)
    5. 並行して参加する予定の研究会(あれば)
    6. これまでに履修した井庭担当の授業(あれば)
    7. スキル(英語を含む外国語、プログラミング言語、映像・画像処理等いろいろ)
    8. 次のどのアプローチに興味があるか(複数ある場合には優先順位をつける)。
       (1)思考・論述のレトリック
       (2)システム理論にもとづく発想・体系化
       (3)シミュレーションによる構成的理解
    9. なぜ井庭研究会に参加したいのか
    10. 自己紹介&アピール

    (B)エントリー課題
    これまでに読んだ本のなかで、自分が創造的で魅力的だと思う本(※)を3冊あげ、どこがどのように創造的で魅力的なのかを書いてください。1冊につき、A4用紙で半ページ程度でまとめてください。取り上げる本の記述言語、および課題レポートの使用言語は、日本語/英語のどちらでも構いません。

    ※ 小説等のフィクションおよび対談本は含めないでください。また、ここで取り上げる本は、本研究会のテーマと関係ないテーマの本で構いません(そのことによって不利になることはありません)。


    ■ 来期の研究プロジェクトのテーマ予定
    Creative Systems Lab. — 創造的に考え、魅力的に書くことの探究 II

    ■ 関連プロジェクト
    大学院プロジェクト「インターリアリティ」, 大学院プロジェクト「生活実践知」

    ■ 関連科目
    30080:社会システム理論
    14310:複雑系の数理
    12020:パターンランゲージ
    14160:シミュレーションデザイン

    ■ 研究会ホームページ
    http://ilab.sfc.keio.ac.jp/index_j.html

    ■ 連絡先
    iba [atmark] sfc.keio.ac.jp

    Ilab
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    創造システム理論の構想 #1

    これからしばらくの間、「創造システム理論」(Creative System Theory)の構想について書いていきたいと思う。連載する内容は、以下の論文等をベースとして、翻訳と大幅な加筆・修正を加えたものである。

    ● Iba, T. (2009). "An Autopoietic Systems Theory for Creativity", The 1st Conference on Collaborative Innovation Networks (COINs).
    ● Iba, T. (2009-) Blog "Creative Systems Lab".
    ● 井庭 崇, 「自生的秩序の形成のための《メディア》デザイン ── パターン・ランゲージは何をどのように支援するのか?」, 『10+1 web site』, INAX Publishing.



    創造システム理論の構想

    本稿では、「創造性」(creativity)について、認知・心理学や社会的側面ではない新しい光の当て方で理解することを試みたい。ここで想定している「創造」とは、科学的探究、絵画・造形、文芸、音楽、建築、プロダクト・デザイン、演劇・パフォーマンス等、分野にかからわず、何かを生み出すこと(思考、行為、コミュニケーション)である。その創造の主体が一人であるのか、あるいは複数人であるのかは、ここでは二次的な問題に過ぎない。というのは、ここで考えたい問題は、「創造とはどのような事態なのか?」、「創造はいかにして可能となるのだろうか?」、そして「創造を支援することは、いかにして可能なのか?」ということだからである。

    本稿で提唱する創造の理論は、オートポイエーシスのシステム理論にもとづいている。オートポイエーシス(autopoiesis)とは、「自分自身を生成する」という意味の造語で、システムの構成要素をそのシステム自身がつく出しているという事態を指している。この新しいシステム概念は、当初、「生命とは何か」を理解するために考えられたものであるが、その後、「社会とは何か」を理解するために一般化され、適用された。本稿では、この概念を「創造とは何か」を理解するために用いてみたい。つまり、創造をオートポイエティック・システムとして捉えるということである。そのような創造のシステムを、生命システムや社会システムという命名に倣い、「創造システム」(creative systems)と名づけることにしたい。

    創造システム理論(Creative Systems Theory)の構想を簡単にまとめると、次のようになる。創造システムは、《発見》(discovery)を要素とするシステムである。ここでいう《発見》とは、創造過程のなかで幾度となく生じる“小さな発見”のことであるが、心理的な気づきの感覚や、社会的な新規性の評価とは、区別されたものとして定義される。ここでは、《発見》を、《アイデア》(idea)、《関連づけ》(association)、《帰結》(consequence)という三つの選択の総合によって生じる創発的な統一体(unity)と捉える。ここでいう「選択」とは、心理的もしくは社会的な意思決定のことではない、という点に注意が必要である。そうではなく、別様でもあり得る「偶有的」(contingent)な状況で、ある一つの《アイデア》が、あるやり方で《関連づけ》られ、それによってある《帰結》に至ったときに、それらが「選択」された、というわけである(このような使われ方は、進化論における「自然選択」の「選択」と同様)。

    ここで重要なのは、《発見》は、ある具体的な創造システムにおいてのみ《発見》となり得るのであり、その外部において単に「発見」であるということはできない。そして、ここに、創造システムを前提とする《発見》がその創造システムを構成している、という循環関係が見出される。この「鶏と卵の関係」に向き合うことが、「創造とは何か」を理解するために不可欠である、というのが、本稿での私の立場である。以上のことからわかるように、「システム」と言っても、ここで想定されているのは、入力によって処理・反応する機械のようなシステムではない、ということは強調してもし過ぎることはないだろう。

    創造はそれそのもので作動的に閉じたひとつの統一体であり、心的システムや社会システムはそれに同期・参加することで創造に関わる。意識やコミュニケーションは、創造的であるためには、この創造のオートポイエーシスをうまく転がしていく必要がある。創造には心理や社会が必要であるが、だからといって、創造を心理や社会に還元できるわけではない。創造の作動の循環性とその閉じは、心的システムの作動の循環性の閉じとは、別のものである。また、それは社会システムの作動の閉じとも別ものである。それゆえ、創造はそれ自体の作動の循環性と閉じによって成り立ち、そこに心的システムや社会システムがカップリングされることで創造活動が実現するということになる。このことが、心理学的還元や社会学的還元をせずに創造について考える、ということにほかならない。

    すでに述べたように、《発見》は、三つの選択が総合されなければならないため、本来生じにくいものである。そのため、《発見》が生成・連鎖し続けるためには、それを下支えする“何か”が必要となる。そのような支えのことを、《メディア》――― より厳密に言えば、《発見メディア》――― と呼ぶ。《発見メディア》にはいくつかの種類があるが、まず第一に、数学やパターン・ランゲージ等の言語や、概念・理論などが考えられる。これは、《アイデア》の選択と《関連づけ》の選択が生じやすくする。そして第二に、観察のためのツール(例えば顕微鏡)、シミュレーションやデータ分析のツール(例えばコンピュータ)、そして各種の表現ツールなどがこれにあたる。これは、《アイデア》の《関連づけ》によって《帰結》が得られることを支援する。さらに第三に、《発見》が現行の創造にとって意味・意義があると捉えやすくする象徴性、すなわち、「科学」や「芸術」というような色づけも《メディア》としてはたらく。このような三種類の《メディア》が、それぞれに《発見》の生成の不確実性を克服するために貢献する。かくして、創造そのものをデザインすることはできないが、《発見メディア》をデザインすることで創造を支援する可能性について議論できるようになるのである。
    「創造性」の探究 | - | -

    学習パターン ブログ

    学びのパターン・ランゲージ「学習パターン」についてのブログを立ち上げた。学習パターンの作成物語や、各パターンの背後にある考え方などを紹介していく。

    学習パターン ブログ ( hhttp://learningpatterns.blogspot.com/ )
    学びのパターン・ランゲージ(学習パターン)の作成物語や、その背後にある考え方を紹介します。

    LearningPatternsBlog
    パターン・ランゲージ | - | -

    「社会システム理論入門」ブログ

    ニクラス・ルーマンの社会システム理論の入門的解説のためのブログを立ち上げた。ルーマンの理論や、新しい社会の捉え方に興味がある人は、ぜひ読んでみてください。

    社会システム理論入門 ( http://socialsystemstheory.blogspot.com/ )
    ニクラス・ルーマンの「社会システム理論」についての、井庭崇の理解・解釈にもとづく入門的解説。

    SocialSystemsBlog.jpg
    社会システム理論 | - | -

    「論点:国の未来像、総参加で創造」(1999)

    次に紹介するのは、1999年2月9日の読売新聞朝刊の[論点]に書いた「国の未来像、総参加で創造」というもの。

    これは、ここ数回のエントリで紹介した論文を踏まえて、寄稿したものだ。論文の内容と重なる部分もあるが、よりコンパクトにまとまっているので引用しておくことにしたい。

    小渕政権の時代。なつかしい。



    [論点] 国の未来像、総参加で創造

    どのような社会を目指すのか――。目標となる未来像は国においても組織においても政策決定の重要な指針となる。その未来像は人々のばらばらな方向性を束ね、目標に近づくことを可能とする。元来、社会予測は自己実現的であり、皆がそれを信じて行動すると実際に予測されたことが実現するという性質をもっている。

    例えば、多くの人が経済の高成長が続くと信じて行動すれば、投資や生産そして消費が活発化し、実際に高成長が実現する。逆に、先行きのイメージが暗ければ、社会を閉塞(へいそく)状況へと追いやることになる。

    現在、日本は戦後の社会を支えた高度経済成長という目標をほぼ実現し、次なる目標を失っているようにみえる。確かに雇用不安、金融危機、少子・高齢化社会における労働力不足、年金制度の崩壊、様々な制度疲労、エネルギー資源枯渇、環境破壊など、未来に向けて解決すべき課題は明確である。しかし、個々の問題を解決した後の帰結は見えてきても、人々が共感し得る目標としての「日本のあるべき姿」は見えてこない。

    今、日本に最も必要なことは、具体的な未来像をつくり共有することである。個々の社会的課題に対する政策はもちろん重要であるが、それらによってどのような社会が到来するのかという総合的な未来像がなければ、人々は「建設的な楽観主義」にはなれない。未来への積極的な姿勢や活力は、具体的で信じ得る未来像があってこそ生まれるからである。

    しかし現在、皆が共感し得る未来像をつくり出すことは容易なことではない。なぜなら、従来のように一部の代表者が未来像をつくるというトップダウン型の方法がうまく機能しなくなっているからである。

    これまでの日本は、経済成長という強い方向性が共有されていたため、皆が共感し得る未来イメージをつくり出すことが可能であった。しかし価値観が多様化した現在では、社会全体がどのような状況で、人々が何を望んでいるのかということを一部の代表者だけで把握することは不可能である。私たちは未来像をつくるための新しいプロセスを考えなければならないのである。

    ここで、未来像をつくることは創造的な行為であると捉(とら)えることが重要であろう。創造的思考のプロセスは「発散段階」と「収束段階」に分けることができるといわれる。未来像をつくる際にも、この二段階を明確に分離することが重要なのである。

    発散段階とは、自由な発想で断片的なアイデアを持ち寄って多様性を生み出す段階であり、収束段階では多様なアイデアの中から現実的で有効だと思うものを絞り込んでいく。これまでは未来像をつくるプロセスに関して、発散段階が専門家の間だけで行われてきた。しかし価値観が多様化した現在は多様な視点を取り入れるために、一般の人々が発散段階に参加できるようにすべきなのである。

    この現状を踏まえると、日本にはボトムアップ型の未来像創造の仕組みが不可欠である。その仕組みは一人ひとりの期待する未来像を吸い上げるもので、「イメージ・アブソーバー(イメージの吸収装置)」と呼ぶことができる。これは情報ネットワーク技術を用いて実現し得る目安箱であり、未来社会のイメージをあらゆる人々が提案できる。

    これにより政策決定者は、いつでも人々の望む未来像を参照できるようになる。また一般の人々にとっては、自分の望む未来像を発言することによって、積極的に国や組織の未来像づくりに参加できるようになる。このイメージ・アブソーバーは、未来像の創造プロセスにおける発散段階として有用であり、皆が共感し得る未来像をつくることに役立つであろう。

    小渕首相の施政演説によると、「二十一世紀のあるべき国の姿」について「有職者からなる懇談会」を早急に設置するとのことであるが、ぜひとも一般の人々からも未来像を吸収し参考にしてほしい。そしてそれを一時的なイベントとしてではなく、継続的に社会システムに組み込むことを期待したい。

    先行きが不透明な今こそ、互いの視点や視野を補いながら想像力と創造力を駆使して、個々の政策の指針となる魅力的な未来像をつくりだしていきたいものである。

        ◇     ◇

    いば・たかし 慶応大学大学院生。慶大政策・メディア研究科2年。共著に「複雑系入門」(NTT出版)。第4回読売論壇新人賞入賞。24歳。


    (井庭 崇, 「[論点] 国の未来像、総参加で創造」, 読売新聞, 1999年2月9日朝刊 より引用)
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    自己変革能力のある社会システムへの道標(抜粋)#3

    「自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から」(井庭崇, 1998)からの抜粋第三弾。

    この部分を読み直して、僕は10年前も社会的コラボレーションという話をしていたんだなぁ、と改めて気づいた。この頃よりも、かなり技術的・社会インフラ的な変化があった。社会形成のあり方も、もっと再考されてよいはずだと思う。



    自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から
    ・・・
    6. (2)ボイス・アブソーバーの設立、およびポリシー・インキュベーターの役割強化

    社会が自己変革を遂げるためには、どのように変革するかのビジョンがなければ ならない。しかし、日本社会にはビジョンの創造力が圧倒的に欠如している。この社 会的欠陥を修復するために、社会的なコラボレーションの仕組みを構築する必要があ る。そこで私は、「ボイス・アブソーバー」(声の吸収装置)という社会装置の設立、 および「ポリシー・インキュベーター」(政策孵化装置)という役割の強化を提案し たい。

    ボイス・アブソーバーとは、人々が考えたシステム改善のアイディアなどを吸収 し、公表していく組織である。ここでいうボイスとは、人々のニーズや工夫、意見、 理論など、思考の断片のことである。ボイス・アブソーバーは、発言オプションのボ イスをアブソーブ(吸収)する目安箱のような存在といえる。

    ボイス・アブソーバーが受け入れるボイスの内容は、政治システムや生活、欲し いサービスやビジネスに関する意見など、様々な領域をカバーする。例えば、「投票 をすると千円もらえるのならば人々はもっと投票に行くのではないか」、「○○駅周辺 は学生の一人暮らしが多いため、健康的な惣菜屋が欲しい」、「空缶・空き瓶を毎日捨 てられるようにして欲しい」などの身近なものから、国政に関するものまで、あらゆ るものが提案できる。このようにボイス・アブソーバーでは、会社員であれ、主婦であれ、学生であれ、それぞれの立場から出てきたアイディアを有効に活かすことができるのである。

    ボイス・アブソーバーでは、提案されたあらゆるボイスをフィルタリングせずに公開する。そして、一般市民や後に述べるポリシー・インキュベーターからのアクセ スを受け入れ、それぞれの要求に応じた検索を行なえるような情報システムを備えて いることが重要である。二十四時間いつでもボイスを受け入れたり、あらゆる手段によって受け付ける必要がある。電話やFAX、電子メールで送ることもでき、直接訪ずれることも、また街の中継所やスーパーなどで書き込むこともできるようにするなど、人々の心理コストを軽減するための配慮が求められる。そして、ボイス・アブソ ーバーは、様々な手段で提出されたボイスを、一貫した情報データベースになるように管理するのである。

    このボイス・アブソーバーという社会装置は、政府や民間企業が行なっても構わ ないが、中立性を保つ意味でも複数のNGOが設立することが望ましいと思われる。 いずれにしても、このボイス・アブソーバーの組織が日本全国に存在することにより、 日本社会に欠けていた発言オプションを実現することができ、社会の自己変革能力を 支える柱となる。

    次に私が強調したいのは、ポリシー・インキュベーターという役割の強化である。 ポリシー・インキュベーターとは、社会や組織の政策をインキュベート(孵化)させ る役割の組織・人を指している。ポリシー・インキュベーターは、ボイス・アブソー バーの情報をもとにボイスを実際の政策提言や組織づくりに活かす役割を担う。具体的な主体は、政治家、官僚、経営者、研究機関、学者、マスコミなどが考えられる。 様々な人々が提案した一貫性のないアイディアの山を参考にして、一貫性のある政策 に加工するのである。このポリシー・インキュベーターを機能させるために、優れた政策集団の育成や教育改革などが早急に必要であるといえる。

    ここで、創造性を引き出すためのプロセスを考慮に入れて、ボイス・アブソーバ ーとポリシー・インキュベーターの位置づけについて考えてみたい。創造性(クリエ イティビティ)とは、関係ないものを結び付け、それに意味付けができることといえ る。創造的な思考プロセスは、発散思考段階と収束思考段階に分けて考えることができる [8]。

    発散思考段階は、自由な発想で断片的なアイディアを多く持ちより、多様性を生 み出す段階である。一方、収束思考段階は、一見関係ないように見える断片どうしを をつなぎ合わせ、その意味や有効性を考える段階である。一人の人間が行なう場合には、なかなかこの奇抜な結び付けや意味付けに気づきにくいが、複数人で行なう場合には、異なる視点や世界観が有効に働く。発散段階で知識を共有したりアイディアを 出し合い、収束思考段階ではそれらを元に最終的なコンセンサスを生み出すのである。 特に、複数の人間が発散段階に参加した場合には、ちょっとしたアイディアが共鳴反応を引き起こし、他の人の発想に刺激を与えることになる。そしてその人の発言が、 さらにまた他の人の刺激になる、というコラボレーションにおける共鳴効果が期待できるのである。

    社会において新しい仕組みや概念を生み出す創造的な過程は、いわば「ソーシャ ル・コラボレーション」と呼ぶことができる。特に、その過程の中で、発散思考段階 のことを「ソーシャル・ブレインストーミング」と呼ぶとすると、ボイス・アブソー バーは、このソーシャル・ブレインストーミングのためのメディアという位置づけになる。これに対し、政策作成を行なうポリシー・インキュベーターの強化は、収束思考段階を担うものであるという位置づけになるのである。


    (井庭 崇, 「自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から」, 第四回読売論壇新人賞佳作, 読売新聞社, 1998 より抜粋)
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    自己変革能力のある社会システムへの道標(抜粋)#2

    「自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から」(井庭崇, 1998)からの抜粋第二弾。僕が社会変革に関する重要な分析枠組みだと思う、アルバート・ハーシュマンの voice-exit モデルの説明の部分です。

    今回は、先に引用してから、現在との接点について書くことにします。



    自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から
    ・・・
    3. 社会変革のための退出と発言

    社会や組織の変革の力として、A・ハーシュマンは「退出」(exit)と「発言」(voice)の二つの行動様式を提示している [2]。第一の退出オプションとは、不満のある商品や政党を選ばなくなったり、あるいは組織から脱退することによって、反対の意思表 示を行なうというものである。度重なる退出オプションの行使によって、経営者や政党は自らの欠陥を間接的に知らされることになる。第二の発言オプションとは、不満のある商品やサービス、政治、組織などへの反対や異議の表明を、直接あるいは世間一般に対して行なうというものである。ここでは、経営者や政党は、直接的に指摘された自らの欠陥を修正することになる。

    社会システムを変革するために個人が行なえることには、この二つのオプションがあるわけだが、現在の日本ではこれらは有効に機能していない。第一の退出オプシ ョンは、もともと社会の経済的な側面の行動様式であるが、日本の社会では行使が困難なオプションである。例えば、雇用が完全に流動化していなければ企業に対し退出オプションを行使するのは困難である。また退出オプションは淘汰の犠牲によって無駄が生じることを前提としているため、来るべき環境福祉国家にはそぐわないオプションであるといえる。政治の場面においては、特定政党への投票行為が他の政党への退出オプションの行使にあたるが、各政党の提示する政策ミックスが似通ったもので あれば、退出オプションの効果を有効にはたらかせることはできない。以上のことから、現在の日本社会の社会変革の力として退出オプションに大きな期待をかけることはできない。

    しかしそのもう一つの選択肢である発言オプションも、現在の日本では行使することが困難である。なぜなら、社会や組織に対して発言オプションを行使するための 仕組みがほとんど存在しないからである。これは、日本社会の同質性や調和の信念、そして経済成長という共通の方向性が長期にわたり続いたことから、発言オプションの行使の仕組みを整備することを怠ってきたことに起因している。

    社会が自己変革するためには退出オプションと発言オプションの行使が不可欠であるが、日本社会はこれらのオプションの不完全性によって、自己変革能力が備わっ てないといえる。そこで、社会の自己変革能力を機能せさるためには、発言オプションを可能にする社会装置と、退出オプションが正当に機能するための社会的多様性を生み出す仕組みを実現しなければならない。その実現にあたり、同時に考慮すべき問題がある。それが社会変革オプションを行使する、社会の構成員が陥っている無気力の病についてである。

    注[2] ハーシュマン,『組織社会の論理構造』,ミネルヴァ書房,1975
    (邦訳では"voice"を「告発」としているが、本論では、邦訳者の三浦隆之も訳注で代替案として提示している「発言」の訳語を採用する。)

    (井庭 崇, 「自己変革能力のある社会システムへの道標:複雑系と無気力の心理学の視点から」, 第四回読売論壇新人賞佳作, 読売新聞社, 1998 より抜粋)




    興味深いのは、執筆当時に比べ、今はインターネットが「退出」と「発言」の両方を強化しているということだ。ただし、それは社会変革のためというよりは、「脱社会化」の傾向を助長する方向性で、である。特に日本においては、この傾向は強いように思われる。ネットを駆使することで、家にこもっていても生活できてしまう。これは、脱社会的な退出といえるだろう。また、2ちゃんに代表されるようなネタ化やつっこみというのは、一種の発言的機能をもつが、それは社会変革のためというよりは、コミュニケーションへの志向性が強い。

    この流れを「若者論」として拒絶・否定するという方向性もあるだろうが、この流れもひとつの現状として認め、それを包括するヴィジョンでまとめあげていくという道もある。例えば、次のような問いが考えられるだろう。

    社会活動的な発言・退出と、脱社会的な発言・退出をまとめあげて、社会変革の力とすることは可能だろうか?


    ハーシュマンのいう退出や発言は、社会変革的な「活動」としての退出・発言であったが、上で触れたネットによる退出・発言は脱社会的であり、社会変革的な活動ではない。しかし、そのような退出・発言を「情報」としてすくい上げることで、社会変革の力とすることは可能なのだろうか? これが、ハーシュマンの Voice-Exit モデルから発想されるひとつの論点である。
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