井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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とにかく一度全体を書き上げるということ

論文にしろエッセイにしろ、多くの人にとって、「書く」というのは、なかなか大変な行為だろう。

僕も、「書く」ということには、いつも悩まされている。短めのちょっとした文章でも、七転八倒して書いているのがほとんどだ。自分は「書く」のは向かないのではないかという気もするが、職業がら書くことは不可欠だし、僕自身、「書きたい!」という気持ちがある。そんなわけで、「書く」ことに対する考え方や方法にとても興味をもっている。

今日、研究会の学生が教えてくれたのが、レヴィ=ストロースの話。とあるブログで取り上げている話で、そのソースは『海』(中央公論社、1978年11月号)らしい。

「大事なのはただひとつ、とにかくひとつの原稿を産み出すこと。もしかしたらそれは化物のようなものかもしれませんが、とにかく終わりまで書かれていることが大切なのです。」(レヴィ=ストロース)


ここで言われていることは、僕も多くの先輩・同僚から聞いたコツでもある。

とにかく一度全体を書き上げる。そして、それを修正していく。

だから、第一稿というのは、全体の70%のところまで書けている原稿ではなく、粗いところがあっても構わないので全体が書けている原稿のことなのだ(研究会論文などでは、こうなっていないことが多い。第一稿の提出というと、前半しか書けていない原稿が出てくる。これではだめだ)。

そして、一度書き上げたら、徹底的に修正する。全体がみえて、初めて細部を詰めることができるのだ(ちなみに、英語の“see”は、「見る」ことであり「わかる」ことである。全体を見ることで、自分が何を書いたのかがわかるのだ)。

この修正は、仕上げの微修正という感じではなく、大手術(抜本的な構造改革)となる。小説やエッセイの場合と異なり、論文の場合には特に大きな手術となる。論文では、思考や出来事の時間的な流れとは別の構造でまとめあげる必要があるからだ。だからこそ、“「書き上げた」は道半ば”(学習パターン)なのである。


修論、卒論、研究会論文など、「書く」ことに取り組んでいる人も多いと思う。

とにかく一度全体を書き上げる。そして、それを修正していく。

このことを心の片隅におき、まずはどんどん書いてみるといい。

そう書いている僕自身、「とにかく一度全体を書き上げる」べき原稿をいくつか抱えている。がんばりたい。
「書く」ことについて | - | -
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