井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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ハイエク、ルーマン、アレグザンダーをつなぐ

最近僕は、経済学者/社会哲学者のフリードリッヒ・ハイエクと、建築家のクリストファー・アレグザンダーの思想を、社会学者ニクラス・ルーマンの社会システム理論を介してつなげることができないかと考えている。

フリードリッヒ・A・ハイエク(1899年~1992年)は、「自生的秩序」や、その秩序を生み出す行動の「ルール」、そして「現場に分散する知識」などの概念を提唱している。クリストファー・アレグザンダー(1936年~)は、「成長する都市」や、建築における名づけ得ぬ質を関係性の「パターン」として捉え、その知識を「パターン・ランゲージ」として記述・共有することを提唱している。どちらも自生的な秩序形成と知識の役割について議論しているといえる。

分野が異なるので、あまり比較されることがない二人であるが、とてもよく似た主張をしている。たとえば、ハイエクは、社会は「自然」と「人工」の間の「自生的な」存在であり、一部の人間が「設計」するということはできないと主張し、以下のように語る。

「文明は人間の行動の産物、あるいはもっと正確にいえば数百世代の人びとの行動の産物である。しかしその意味するところは、文明が人類の設計というのではなく、また、文明の機能あるいはその存続が何に依存しているのかを人間が知っているということでもない。文明を構想しその創造に着手することのできる知性を前もって与えられている、とする人間の概念はすべて根本的に誤っている。人間は知性のなかでつくりあげたある型を世界にそのまま押しつけたのではなかった。人間の知性それ自身、環境適応の努力の結果としてたえず変化する一つの体系である。」(Hayek, 1960: p.39)


このような観点から、ハイエクは、計画経済の社会主義を批判するのだ。一方、アレグザンダーも、建築の分野で次のように語っている。

「町の創出や個々の建物の創出は基本的には一つの発生【ジェネティック】プロセスである。いかに数多くの計画や設計をもってしても、このような発生プロセスに置き換えることはできない。しかも、いかに数多くの個人的才能をもってしても、このプロセスに置き換えられない。」(Alexander, 1979: p.197)


こうしてアレグザンダーは、建築家が都市計画や建築物を近代的な方法で設計するやり方について批判するのだ。

社会の秩序は、自生的に(自己組織的に)成長することが重要なのであって、外から誰かがつくるということなどできない。だからといって、なんでもありというわけにはいかない。そこで、人びとの自由や創造性を阻害することなく、秩序を「育てていく」ための工夫が必要になる。ハイエクは抽象的な「制度」に着目し、アレグザンダーは抽象的な「パターン」に着目する。着目点こそ異なるが、目指すところは一緒なのだ。このほかにも、ハイエクとアレグザンダーには、秩序や知識の議論において共通点が多い。

もちろん、両者には差異もある。それは、ハイエクは主に社会制度(体制)について考えるのに対し、アレグザンダーは建造物・空間について考えるという点だ。この違いは、同じ「自生的秩序」に注目しているものの、社会哲学者と建築家という違いからくるものだといえる。

僕は、ハイエクとアレグザンダーの共通部分をとるのではなく、両者の和集合をとって、より包括的な自生的秩序&知識の理論が展開できるはずだ、と考えている(参照)。

HLA200.jpgそのとき、実は二人とも具体的な秩序形成のメカニズムについては言及していないので、その部分を担う体系が必要となってくる。そこで、同じく自生的秩序観をもっていると思う社会学者ニクラス・ルーマン(1927年~1998年)の社会システム理論をあてがうとよいというのが僕の構想だ。


以上の内容を、先月鹿児島で行われた進化経済学会で発表してきた。とりあえずは試論として、三者を同じ土台に載せるということはできたのではないかと思う。発表した場が進化経済学会だったこともあり、「ハイエクやルーマンは知っていたが、アレグザンダーは知らなかったのでその点が興味深かった」という感想を多くいただいた。また、研究の進め方についてもアドバイスをいただいたので、それを踏まえてさらに深めていきたいと思う。

HLAhistory200.jpg今回、ハイエク、ルーマン、アレグザンダーの発表文献の年表もつくってみた。関係性を書き込んでいないので、まだ何ともいえないが、きっとここからもなにか見えてくるだろう。

『ハイエク、ルーマン、アレグザンダー年表』(PDF, 井庭崇, 2008)


● 井庭 崇, 「ハイエク、ルーマン、アレグザンダー: 自生的な秩序形成と知識の理論」, 進化経済学会第12回大会, 鹿児島, 2008年3月
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