井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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英語の原著で読む意味:コトバの多義性を味わう

僕の授業や研究会では、教科書や輪読文献を原著版(英語)で読むようにしている。日本語訳が出ている本も、あえて英語で読む。これにはいくつかの理由がある。

まず、日頃から英語に触れるという「外国語の普段使い」を実践するためである。そして、それらの活動を重ねれば(複数に参加すれば)、自然と「言語のシャワー」を浴びる環境が少し実現できるようになる(リーディングに関しては)。これは、英語で読むことのプラクティカルな理由。

原著で読むことには、もうひとつ別の本質的な理由がある。それは、翻訳では失われてしまうコトバの「多義性」を味わいながら読むということだ。

例えば、「パターンランゲージ」の授業の教科書に指定している『The Timeless Way of Building』でいえば、英語の "way" というコトバは、「道」という意味があるが、同時に「方法」という意味ももつ。英語で "way"というときには、この両方のニュアンスを多義的にもたせることが可能であるが、これを日本語に翻訳するときには、「道」か「方法」のどちらかを選択せざるを得ない。このことは、あてるコトバの問題だけでなく、意味の特定にもなるので、内容の理解に大きな影響を及ぼすだろう。

こうして、"timeless way"というタイトルも、「時を超えた道」か「時を超えた方法」のどちらかを選ばなければならなくなる。本来は両方の意味をもっているにもかかわらず。(この本の場合は、老子の「道経」(タオイズム)の「道」(タオ)にもかかっているので、その意味では「道」は適切だといえる。)

他の例をあげると、英語の”life”は、日本語の「生命」「生活」「人生」という意味を併せ持っている。日本語の「生」がこの共通性を同じく表しているが、だからといって、"life"の訳語として「生」だけで済ますわけにはいかない。文脈に合わせて、訳者が「生命」か「生活」か「人生」という意味を選択しなければならなくなる。同様に、"living"も、「生きている」「生き生きしている」であり、「生活」「居住」でもある。

英語でよく使われる "nature" も、「自然」という意味と「本質」という意味の両方の意味を持つ。"The Nature of Order"は、秩序の「本質」であり「自然」でもある。

言語によって、コトバの多義性の中身と幅が異なる。これが、翻訳の最大の難しさといえるだろう。もちろん、多義的なコトバも、文脈から明らかに意味が特定される場合も多い。そういう場合には、翻訳の問題は生じないが、多義性の幅をむしろ積極的に活用して表現している著者・著作に関しては、原著でなければ味わえない「うまみ」があることになる。

このような理由で、英語で読む、原著で読む、ということを推奨/実践している。実際には、英語で読むだけでいっぱいいっぱいかもしれないが、ぜひ、そういうコトバがもつ「広がり」も感じながら読みたいものである。
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