井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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“つくる数学” と “つくる授業”

今年度から担当することになったSFCの科目「複雑系の数理」も、授業のやり方について新しい試みをしている。

この科目では、複雑系の科学で行われている「つくることで理解する」(構成的理解)を実際に体験しながら、カオスなどの概念・理論を理解することが目指されている。

「つくることで理解する」ことを目指すからには、単に与えられた課題をこなすのではなく、自分たちで「つくりながら」学ぶことが望ましい。できあがった理論をただ暗記するのではなく、研究者が日頃行っているような試行錯誤をしながら前に進んでいく感覚を味わってほしい。


そこで、履修者たちが自ら授業を「つくる」という方式にすることにした。いうなれば、「つくる数学」を学ぶための「つくる授業」。

ふつう、大学の授業というのは、教員が概念を説明し、演習用プログラムも配布し、質問にも答えるというかたちをとる。しかし、このやり方で一番「学び」が多いのは、実は、授業準備をする教員であって、その話を聞く学生はその一部しか得ることができないことが多い。

そんなのはあまりにも学びたい学生に対して失礼ではないか!ということで、この科目ではまったく違うアプローチをとることにした。履修者に一番学びが多くなるような授業設計だ。具体的にいうと、履修者自身が事前に概念・理論を調べ、勉強し、他の履修者に説明する。演習用プログラムも用意し、質問にも答える。

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実際どのように進めていくのかというと、履修者は3人でチームを組み、各チームはテーマ候補から、1つを選択してもらう。あとは、自分たちの担当の回までに授業準備をし、当日、他の履修者(と僕)に向かって授業をする。

1回の授業あたり2チームが割り当たっていて、概念・理論の説明だけでなく、演習プログラムの準備、演習の進行、そして、その他のファシリテーションもすべて任されている。僕がやるのは、説明が間違っているときに指摘をしたり、必要なときに補足したり、最後にまとめの解説を行うだけ。

このように、自分たちが参加する授業を自分たちでつくる。これがこの授業のコンセプトである(ということを履修前に告知してあるので、それを了承した学生だけが履修している)。

先生が黒板に書いた数式をノートにひたすら写すのでもなく、与えられた課題を解くのでもなく、自分たちが中心となって授業を構成する。「つくる数学」を「つくる」こと無しに学ぶのではなく、「つくる数学」の授業を「つくりながら」理解する。体験としての学びではなく、行為としての学びと言ってもいいかもしれない。

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初回のテーマは、ロジスティック写像におけるカオスで、ひとつのチームがCobweb Plotについて、もうひとつのチームが初期値の鋭敏性について担当した。初回ということで、多少の混乱があったものの(自分たちの担当範囲の勘違いや、概念の理解の間違い)、おおむねうまくいったと思う。

僕の予想を超える出来事もあった。授業の演習で簡単なグループディスカッションをし、それをみんなに発表させ、面白かったグループに、賞状を授与するというチームがあったのだ。そんなこんなで、数理系の授業としては、かつてないほど盛り上がったのではないだろうか。今後も楽しみである。

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授業関連 | - | -

メディアとしての学習パターン:対話ワークショップの狙い

ひとつ前のエントリ「"Design Your Learning!" Dialogue Workshop @SFC」で紹介したワークショップ。「学習パターン」を使ったこのワークショップで僕らが狙ったのは、大きく分けて次の二つのこと。

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まず第一の狙いは、これから取り入れたい学習パターンのSolution(解決策)とAction(アクション)の具体的なイメージを掴んでもらう機会を提供することである。

パターン・ランゲージは抽象的に書かれているので、自分が経験していないパターンを実感することは少々難しい。パターン・ランゲージでは、あえてそのように抽象的に書いているのであるが、パターンの記述に加えて、具体的な実現例を少し知るだけでも理解度がグッと増す。

このワークショップでは、体験した人がその場で語ってくれるので、そのパターンをリアルに実感することができる。そして、ピンとこなければ質問だってできる。このような過程を経て、自分のこれからの学びのデザインに役立てることができるのだ。

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そして第二の狙いは、「語り部」として自分の体験を語ることで、自分のなかにある「学び方」とその経験を振り返る機会を提供することである。自分を「学びの達人」だと思っている人は別として、ほとんどの人は、自分の学び方やその経験は、他の人に語るほどのものではないと考えているだろう。

ところが、自分が実践した(ささやかな)学びの経験でも、学習パターンのどれかに当てはまり、その具体事例として捉え直すことができれば、それは語る価値があるものに思えてくる。

しかも、実際に話すと、体験談を知りたいと思っている人が、「なるほど!」と、うれしそうに聞いてくれる。

このように、学習パターンがメディアとなり、多くの人のなかに眠っている「学び」の経験談を、コミュニケーションの俎上にのせる。この経験は、その場でのコミュニケーションを誘発するだけでなく、自分の学び方や経験についての振り返りの思考を促すことにもなるはずだ。


全員が、聞き手であり語り部であるという対称性をもつことはすでに書いたが、学習パターンを用いたワークショップは、聞き手の立場にいても、語り部の立場にいても、学びについて考える機会となるのである。

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実は、去年から学習パターンを用いたワークショップの案については、井庭研/学習パターンプロジェクトでは議論を重ねていた。しかし当時は、「学習パターンを知ってもらう」という意図で構想していたため、面白そうなワークショップを思いつくことができなかった。

今回のワークショップは、みんながもっている(ささやかな)経験を、学習パターンの光のもとで語ってもらう、という「語り部」への着目が功を奏したと思う。


特に意識してはいなかったが、この発想の転換が可能だったのは、もしかしたら今年の春にお会いした今村久美さんの「カタリバ」の話の影響が、僕のなかに残っていたからかもしれない(今村さんにお会いしたのは『三田評論』座談会)。もしそうであるならば、出会い・語り合うということは、未来を変える可能性をもっているということになる。

この学習パターンのワークショップも、学生の誰かが「出会い系だ!」と言っていたが、そういう未来を変える「出会い」につながるならば、僕らとしてはとてもうれしい。
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