井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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トキコエとパタラン:井庭研究会(2010年度秋学期)スタート!

2010年度秋学期の井庭研究会のゼミが始まった。学期2週目に海外出張が入ってしまったので、少し遅めのスタート。ようやくキックオフができたという感じがしている。

輪読ゼミの初回は、夏休みの宿題として読んだ、井庭研テーマに深く関わる3冊について、その共通点と議論した(詳しくはエントリ「Summer Readings --- 井庭研2010 夏休みの課題」 参照)。

(1) The Timeless Way of Building (Christopher Alexander, Oxford University Press, 1979)
(2) Ubiquity: Why Catastrophes Happen (Mark Buchanan, Three Rivers Press, 2001)
(3) Orality and Literacy (Walter J. Ong, Routledge, 1988)

ゼミの議論や僕の考えついて書き出すと切りがないので、今回はその詳細には触れないが、ひとつ衝撃的な発言だけ、記録しておこうと思う。


学生のひとりが、本の内容について議論しているとき、「トキコエでは・・・」と言った。僕も含め、みんな頭の上に「?」マークが点灯した。「トキコエ」? そんな言葉知らないぞ。。。

尋ねてみると、「トキコエ」というのは『時を超えた建設の道』のことだという。トキをコエた建設の道、略して「トキコエ」。

「ときメモ」じゃあるまいし、アレグザンダーもびっくりだよ、それ。現代っ子の手にかかると、30年前の建築思想の“問題の書”も、こんなにキャッチーな印象になってしまうのか。

そういえば、SFCの授業「パターンランゲージ」を開講した年に、学生が「パタラン」と呼んでいるのを耳にしたことがある。

「トキコエ」と「パタラン」。。。

もうこの勢いで、「もしドラ」みたいな青春小説でも書いてみようか。
生き生きとしたコミュニティをつくりたい女子学生がアレグザンダーの本に出会う。(いや、それではただのパクリになってしまう!ボツ。)


なにはともあれ、来週からはいよいよ、アレグザンダーの新著 "The Nature of Order"の輪読が始まる。(はて。これは略称がつけにくいぞ。どうしよう。)


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井庭研だより | - | -

量子力学と社会思想:大澤真幸氏の新著『量子の社会哲学』

今日書店をぶらぶらしていたら、『量子の社会哲学』というタイトルの本が目にとまった。なんと、著者は社会学者 大澤真幸ではないか! 早速購入して帰ってきた。今月(しかもつい先日)出たばかりの本のようだ。

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『量子の社会哲学:革命は過去を救うと猫が言う』(大澤 真幸, 講談社, 2010)


帯「量子力学と社会思想のミッシング・リンクを解く! 全知の神から無知の神へ!!」


まだ読んでいないので内容については書けないが、とにかく、量子的世界観が社会思想・社会哲学においても本格的に議論される時代が間もなく到来するという印象をもった。

物理学において古典力学から量子力学へのパラダイム・シフトが起きているにもかかわらず、僕らの日常感覚は社会科学はいまだに古典力学的なパラダイムから抜け出せていない。単なるメタファーとしてではなく、世界の根本的な捉え方の部分で、おそらく社会思想や社会科学に大きなインパクトをもつのではないか。僕自身、そう考えて5年ほどたった。

そのような思いで、実は、SFCでは数年前から「量子的世界観」という授業を担当していたりもする(医学博士の内藤泰宏先生との共担:量子的な捉え方で内藤さんが生命を語り、僕が社会を語る)。井庭研でも『世界が変わる現代物理学』(竹内 薫, ちくま新書, 2004)や、『The Quantum Society: Mind, Physics and a New Social Vision』(Danah Zohar, Ian Marshall, William Morrow & Co, 1994)などを輪読してきた(エントリ「量子力学における「コト」的世界観と、オートポイエーシス」「『社会を越える社会学』(ジョン・アーリ)」、および「一緒に学ぶ仲間とともに。」 参照)。前者は世界の捉え方をわかりやすく説明してくれているが、社会との関係については書かれていない。後者は、社会の捉え方に量子的な考え方を取り入れているが、メタファーとして適用しているというニュアンスが強い。量子(力学)的な捉え方で社会を捉え直そうという野心的な著作は、これまでほとんどないと言ってよい。

そのような状況のなか、あの大澤さんが『量子の社会哲学』なる本を出すということは、個人的に非常にワクワクする展開である。

思えば、『自由を考える:9・11以降の現代思想』(東浩紀, 大澤真幸, NHK出版, 2003)で対談した東さんも、昨年『クォンタム・ファミリーズ』(東浩紀, 新潮社, 2009)というタイトルの小説を出版しているわけで、ここでも「クォンタム」(量子)の概念がキーとなっていた。『自由を考える』の対談ですでに「偶有性」の話が展開されていたので、振り返ってみれば、ここに到達するための伏線として捉えることさえできるかもしれない(この対談本も、当時井庭研で盛り上がった1冊であった)。

これらの流れを機に、量子論を踏まえた社会思想・社会哲学の思索が日本で加速するのではないだろうか。量子論は東洋的な考え方にも通じるので、日本で論が深まるというのも、あながち的外れな展望ではないだろう。

むろん、アラン・ケイの言葉 "The best way to predict the future is to invent it." が好きな僕としては、単に予想を述べるだけでなく、自分自身が考えを深め、論じていくことによって、その流れの一翼を担いたいと思っている。(SFCでの授業「量子的世界観」は隔年開講科目なので、次回は来年2011年度の開講。乞うご期待!)


最後に、以前井庭研でつくった冊子『2008 Concept Book』の「量子的世界観」の章からイントロダクションの部分を抜粋しておくことにしたい。興味がある方は、ぜひConcept Bookの方も読んでみてほしい。

量子力学がもたらす、世界の新しい捉え方

 現代物理学のひとつの最先端である「量子力学」(quantum mechanics) では、今までの科学の常識を覆してしまう全く新しい世界の捉え方が提示されています。従来の古典力学(ニュートン力学)では、初期状態が明らかになればその後の振る舞いを決定できるという「決定論」の世界観で物事が捉えられていましたが、量子力学では、全てが確率的に存在し、観測することによっても変化が生じてしまうという根源的な不確定性をもつものとして捉えます。その結果、確固たる不変的なモノを出発点として世界を捉えるのではなく、その内にゆらぎを抱え、モノとコトが入り交じっているような存在から世界を捉え直すという視点の転換をもたらしています。
 このような量子力学の世界観は、物理学のみならず、社会科学などの分野においても新しい視点を提供すると考えられます。現在の社会科学の基盤のひとつには、古典力学的な世界観があるのですが、その手本となった物理学においては、すでに量子力学の登場によってパラダイムシフトが起きています。従来の決定論では理解することが難しい「自由」や「創造性」を含む「社会」を対
象とする学問は、このパラダイムから学ぶべきことが多いのではないでしょうか。もっと言うならば、21 世紀の社会科学は量子的な世界観にもとづかなければ展開し得ないと言ってもよいかもしれません。このような考えのもと、井庭研究会では、量子力学における考え方を、物理学の概念というよりは、一種の「世界観」と捉え、社会理解に活かすための取り組みを始めています。

『2008 Concept Book』(井庭研究室 編著, 2008)より
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