井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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仏教へのプラグマティックな関心と「創造におけるマインドフルネス」

最近、よく仏教の本を読み、それについて書いているので、「井庭さん、最近スピリチュアルな感じだ」とか、「病気して、信仰深くなったかな」と見えるかもしれないので(それ自体は悪いことだと思っているわけではないが、僕の意図とは異なるので)、どういう関心でどう読んでいるかを書いておきたいと思う。結論から言うと、宗教的な救いや信仰というよりも、実践の教えと世界の捉え方として関心がある(いまのところ)。僕はやはり、プラグマティストでシステム論者であるということだ。

まず、仏教の本への具体的な入口とステップになったのは、山下良道さんらの『アップデートする仏教』などの本と、そこからつながったティク・ナット・ハン師への本である。

それらの本を読むとき、僕は、呼吸からいまここの身体に気づくという話としてではなく、創造の話に読み替えて、その同型性にワクワクしている。つまり、そこで語られているマインドフルネスの話が、僕が創造性について考える大きな参照点になっているのである。いわゆるマインドフルネスのための瞑想では、呼吸に意識を向けることで身体に「気づき」、いま・ここを生きるということにつながるが、そこから僕がアナロジーで見るのは、創造のマインドフルネスで、創造における発見の連鎖を向けることで、その創造における生成に「気づく」。創造の最中に感じる喜びや満たされている感じ、世界・宇宙の本質に触れている感覚は、瞑想におけるマインドフルネスに近いのではないかと思っている。僕はそういう読み方をしている。どちらもシンキングマインドを落として、世界に気づくことである。身体のみならず、創造における生成も、世界・宇宙とつながっているそれらの一部である。

僕が創造が、思考の話ではなく、発見の連鎖に委ねることだと考え出したのは、カオスの研究をしていたとき。そのとき、僕らは、カオスのシステムのなかに複雑で美しい秩序が潜んでいることを、それまでとは異なる視点で発見した。inventかdiscoveryかという二項対立がよくあるが、僕はどちらもである、と感じた。そのカオスの秩序は、光の当て方という意味ではinventだが、その秩序はもともと潜んでいたという意味でdiscoveryである、スティーブンキングが、物語は、化石のように掘り起こされるのを待っていて、作家は注意深くそれを掘り起こすんだと言っているが、それは同様のことを言っているように思う。つまり、科学的発見も創作的発見も、機能的には同じであるという捉え方が得られ、それが僕の「創造システム理論」のベースになっている。

さて、プラグマティストであるということはどういうことか。命題を、そのままでそれが真か偽かを判定できないという考え方をする。それを「もしこうしたら、こうなる」というかたちに変換してそれで検証する、すなわち効果があることで、その命題を真と言えるという立場である。そういう視点から、ティク・ナット・ハン師の本などを読んでいる。

つまり、どの宗教でも「よい行い」を勧めるときには、「ブッダはこう言った」というように、その言われの元に根拠を置いて説明・説得する。それゆえ、ブッダを信じるかどうか、ということになり、信仰となる。

僕はプラグマティズムで考えるので、「よい行い」がどのようなよい結果を生むかで、その行いを評価する。つまり、その行いが誰によって言われた・実践されたかではなく、その行いそのものと、その結果に注目する。これが、パターンランゲージ3.0をつくることで僕らがやっていることでもある。ある分野の実践において、どういう状況でどうすることが推奨され、それはどんな問題を回避してどういうよい結果(質)を生むのか、というかたちで取り出して記述する。行いそのものの効果を見るので、もはやブッダやイエスやアラーを「信じる」必要はない。パターンがあることとそれが機能するということを信じられればよい。

このことを、ルーマンの社会システム理論的に言うならば、僕の依拠しているのは、「誰々だから」という人格信頼ではなく、「それが機能する」というシステム信頼であると言える。僕が仏教の本を読むとき、行いと結果の話に線を引き、「ブッダは」という部分は背景に退かせて読んでいる(そこは、ふむふむと読むが、言説の論拠として重要と感じない)。

僕にとっては、科学も宗教も芸術もも、すべて、現実・現象の背後に潜む原理・原則に迫り明らかにするという点で、機能的等価なのである。それらが、世界観・認識フレームを提供し、僕らが生きていくための思考や実践を支える(影響する)。誰が言ったからとは関係なく、そのことがよい効果をうむということがわかると、それが認識に作用し、思考・行動が変わる世界の仕組みをどう見るか、というところに興味がある。
神話や宗教的言い方でしか言えなかった、よい結果を生む行い・実践について、以前は「ブッダいわく」としか説明できなかったが、いまなら、違うかたちで説明・お勧めすることができる。パターンというかたちやその連鎖の体系のシステムとして。

仏教も、人類の長い歴史なかで、語り継がれなくならなかったくらいには、よい結果を生み出すのに興味したがゆえに残ってきただろう(そうでなければ、進化的な意味で途絶えただろう)から、その意味での大いなるリスペクトというか、学ぶべきことを含んでいると思っている。特に「生きること」や「よりよく生きる」ということに真摯に正面切って取り組んできた人類の知的営みが宗教だと思う。その意味で、僕は宗教がもつ世界観やおすすめされている実践について興味がある。

そして、それが創造性について考えるための参考・参照点となっている。僕の関心はそういうところにある。
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SFCの履修選抜問題と、「実践を伴う授業先取り選抜課題」という方法

SFCでは、学年進行による科目履修制限がない。つまり、1年生から4年生まで好きなタイミングで取りたい科目を履修できる仕組みになっている。そんな仕組みは、他の大学・学部ではまずありえないし、自由度が高くて僕はよいと思っている。

しかし、そのため、取りたい科目の希望者が多ければ、履修選抜に勝ち残らなければならない。僕の授業はどれも(しっかり取り組むことを学生の間でも知られていることもあり)熾烈な履修選抜の状態にはない。思うに、履修選抜で学生の不満がたまっているのは、楽単科目についてではないかと思う。もちろん、なかには楽ではないが魅力的で人気の授業もある。そういうのは昔からあり、まあ、一定人数(それでも100人とか200人とか)しか取れないのは、仕方ない。それは最近始まったことではなく、以前からあることである。

抽選による選抜なんかは、よくない仕組みだと思うが、履修者500人の枠にたくさん来たら、現実的には、履修選抜課題を読むのも大変すぎて、現実的ではない。そんなこともあり、僕はそういう大人数すぎる科目はやめた方がいいと思っている。

それとは別の話として、学生の間で不満があるのは、履修選抜で通った人にも実際には履修しない人がいるということである。選抜で落ちる科目があるかもしれないリスクがあるので、多めに選抜課題を出すのは、ある意味合理的な判断だ。そこを責めるのは酷である。しかし、その結果、取りたいのに履修選抜で落ちた人がいる一方で、選抜に通ったのに実際には履修しないという人が出てしまう。

そういうことになれば、当然文句も言いたくなる。これは、僕は、履修選抜の仕方の問題だと思う。だいたい、慶応SFCの学生となれば、履修志望理由なんて、本心では思っていなくても、それなりに説得力のあるものを書いてくる。だから、履修選抜に、志望理由を書かせても、だいたいみんなよいという評価になる。そういうのは、よい履修選抜だとは言えないだろう。

もっと工夫をした履修選抜にする方がいいんじゃないかと思う。このあと、書くが、実践を伴う授業先取り選抜課題である。これは、授業の内容を理解することにも役立つし、授業でやることを楽しめそうかのセルフチェックにもなる。そして、そういう履修選抜は、本当にやる気がないとやろうと思えないという意味で、こちらがわざわざ選抜しなくても、自然淘汰型で履修選抜提出者がそこそこに減る。そういう方法だ。

僕の考えるソリューションは、「実践を伴う授業先取り選抜課題」というものだ。授業で行うことを、前出しで実践してもらい、それを履修選抜課題とするのだ。

授業の履修について、最も残念なのは、「こういう授業だったなんてわかってなかった」というミスマッチングで、これは学生はやる気はないし、教える側もそういう相手に教えるということで、よいことはない。シラバスにそう明記してあっても、そういう学生は少しいる。

この「実践を伴う授業先取り選抜課題」をやれば、そういう学生はいなくなるだろうと思う。なぜなら、授業でやることを先に少し経験してから履修することになるからだ。

しかも、指定された実践をしなければならないので、とりあえず志望理由をうまく書いて出しちゃう、みたいなことはできなくなる。実践しなければならなくなるからだ。これは、僕は、クックパッドのアーキテクチャから学んだ。クックパッドでは、「つくれぽ」というのがある。あれは、レシピに対して、自分が実践した報告を、そのレシピにつけるというものである。実践しなければ書けないため、冷やかしや誹謗中傷みたいなことにはなりにくい。これは、ブログのコメント欄やtwitterなどとは大きく異なるところだ。そういう場では、言葉上では何でも言えてしまうので、偉そうに語ったり、ひどいことを書いたりすることも簡単にできてしまう。そうならないための方法が、自らの実践を伴うコメントしか許さないというアーキテクチャだと、「つくれぽ」を見て僕は気づいた。

履修選抜も、さほど思ってもいないのにそれらしく書くということが、実践を伴う履修選抜課題であれば、しにくくなる。しかも、やってみて、面白ければ履修すればいいし、面白いと思えなければ、そもそも履修選抜課題を途中で放棄するか、出さなくなるだろう。

そういう意味で、このやり方であれば、こちらがわざわざ選抜しなくても、履修希望者側が、自分で取りやめるので、自然淘汰のように、そもそもの履修希望者数が減る。そうなれば、定員に最初から収まるか近づくということが実現できる。やるべきことは、あまりにもちゃんとやっていないものを取り除くのと、相対的に質のよくないものを抜くということだけだ。

現在の履修選抜は、教員が履修許可の人を選ぶ、という向きが強すぎると思う。もっと、学生が本当に自分で選ぶということをやれるような課題にした方がいい。ちょっと大変でも、授業そのものが同じように大変なので、それを知った上で、履修希望を出した方がいい。

そんなわけで、僕は、「実践を伴う授業先取り選抜課題」となるような課題を設定している。

今年春学期の僕の授業の選抜課題は以下のような感じだ。

「創造社会論」では、授業で毎週出る宿題と同じようなものを体験してもらう課題にした。

【履修選抜課題】「創造社会論」
受入学生数(予定):約 100 人
選抜方法:課題提出による選抜

(1)次のページに、これまで4年間のこの授業の対談映像のリンクがあります。どれでもよいので、好きなテーマのどれか1回分(前半・後半)を見て、対談(ダイアローグ)型の授業というのはどういうものかを理解してください。その上で、自分がどの回を見たのかを明記して、それを見て考えたことや感想を書いてください(この授業では、これと同じように、その回の対談に参加して考えたことや感じたことを提出する宿題が、毎週出ます)。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/log/eid500.html
(2)この授業を通じて学ぶことはどのようなことだと考えている(予想している)か、そして、それを自分の今の活動や今後にどのように活かしたいと考えているかを書いてください。

シラバス(http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/log/eid533.html)より


「創造システム理論」は、次のように、授業で取り組む「ゆるい創造実践」とはどういうことかを体感してもらう履修選抜課題にした。

【履修選抜課題】「創造システム理論」
受入学生数(予定):約 100 人
選抜方法:課題提出による選抜

自分を表現する「自撮り動画」を撮影し、魅力的な自己紹介をしてください。動画は30秒以内とし、YouTubeに限定公開設定でアップし(各自アカウント取得が必要です)、そのURLを提出してください。
”魅力的”という表現の解釈は自由です。ただし、単に個人の容姿や声色を評価するものではありません。また、動画そのものの画質や編集・加工技術を評価するものではないので、 特別なカメラ機材などを仕様する必要もありません。スマホ撮影で十分です。
30秒という時間の中にどのような言葉、表情、しぐさ、背景、物語を織り込むと”魅力的”に自分を表現することができるのか、ぜひ工夫を凝らしてみてください。
これは履修選抜課題ですが、この課題を楽しむことができるということが一種の選抜(Natural Selection)になっていると言えるでしょう。ここから、あなたの「ゆるい創造実践」は始まっているのです。

シラバス(http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/log/eid534.html)より


最後に、「パターンランゲージ」の授業。この授業の履修選抜の課題では、今年度のグループワークのテーマ(複数あり選択できる)を掲げ、具体的にどういうグループワークをやるのかをイメージできるようにしました。その上で、テーマを事前に選んでもらうことで、こちらがグループを組むのを早めることにしました。従来は、初回に表明してもらい、時間をかけてグループを決めましたが、授業時間がカツカツで7週間に収まり切らない悩みがずっとあったので、テーマ選択を前出しして、時間確保も重ねて狙いました。

【履修選抜課題】「パターンランゲージ」
受入学生数(予定):約 100 人
選抜方法:課題提出による選抜

この授業では、選んだテーマのパターン・ランゲージをつくるグループワークを行います。授業時間外にグループにメンバーでしっかりと時間をとって取り組む必要があります。そのことを十分理解した上で、以下の履修選抜課題に取り組んでください。
今年は、以下の9つのテーマでグループワークを行う予定です。

グループワークで作成するパターン・ランゲージのテーマ一覧
(1) グループワークをよりよくするリーダーシップ
(2) SFCのFab環境の活かし方・学び方
(3) SFCでうまく「研究」生活をおくる秘訣
(4) 数足のわらじの履き方(複数のコミュニティ・活動をしっかりやり抜く)
(5) 一人暮らしで料理をしつづけるコツ
(6) 好きなことの突き詰め方
(7) 研究会のよりよい選び方
(8) 外国語の習得と活かし方
(9) よりよいノートの取り方

【課題1】上記の9つのなかから、グループワークで自分が取り組みたいと思うテーマを選び、その番号とテーマ名を明記した上で、それにまつわる自らの経験・秘訣について、書いてください。テーマを選ぶ際には、自分がそのテーマの実践に日頃から親しんでいるか、ある程度知っているということが重要になります。興味があるものが複数ある場合には、「第一希望」、「第二希望」などを、明記してください。なお、このエントリーの情報に基づいて、こちらでグループを決め、初回に発表します。

【課題2】自分が取り組むテーマ以外で、経験があり、自分が大事だと思うやり方・コツについて語ることができるテーマを、上記の9つのなかから挙げてください(該当するものすべて)。 履修選抜レポートでは、自分が語ることができるテーマの番号とテーマ名を挙げ、どのようなことが語れそうか(経験や秘訣)、ごく簡単に書いてください。ここで挙げてもらった情報を踏まえ、そのパターンをつくっているグループからインタビューを受けてもらう可能性があります。

以上、(1)と(2)を両方入れた履修選抜レポートを、PDFファイルで提出してください(WordやPagesでPDF保存・PDF出力で作成できます)。

シラバス(http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/log/eid538.html)より
授業関連 | - | -

「名づけ得ぬ質」と「巡回」と沈黙:『仏教が好き!』を読んで

河合 隼雄さんと中沢 新一さんの『仏教が好き!』、いまの僕には、めちゃくちゃ面白かった。
宗教を俯瞰してみたときに、仏教的な思考がこれからの世界にとって重要となるということがわかったし、自分がこれまで何をやってきて、これから何をやるべきなのかということを考えることができて、とても勉強になった。

なかでも最も「おおおおー!」となったのが、以下の部分。

「ブッダが『空』と言っていることは言語化不能であるというのが原則なんですね。密教だけではなくて、『般若経』でも、『言説不能、言葉で言うことは不能、だけどこれは確実に、肯定的に、ある』と言われます。」(中沢, p.185)

「ユングがよく使う言葉がありまして、英語で circum ambulation、『巡回』という意味です。僕の好きな言葉なのですが、結局、中心には入れないということなんですよ。われわれはまわりをめぐるだけ。まわりを何度も何度もめぐることによって、いわば中心に思いをいたすなり、中心を感じ取るなりということはできるけれども、中心に入ることはできない。僕もそのように思っているわけです。」(河合, p.186)

「すべて比喩で回転しつづけているけれども、その中心部には言葉の能力をもっては踏み込めない部分があるということなんでしょうね。」(中沢, p.187)

「おそらくぐるぐる回っているうちに体験としてはある、ということなんでしょう。」(河合, p.187)


これはまさに、アレグザンダーが目指した質が言語化不可能であるとして「名づけ得ぬ質」と呼んだことに通じるし、僕らがパターン・ランゲージをつくり実践知に対して言語を当てることは、「実践知を記述する」ことではなく、あくまでも、直接は表現できない実践知を指し示す言葉をもつことで意識して実践することができるきっかけをつくり、「巡回」するためである、という僕の感覚に通じる。

この箇所で、ヴィトゲンシュタインとハイデガーについて語られたところを読んで、興味深いことに気付いた。

「『言葉にならないものは沈黙しなさい』というヴィトゲンシュタインのような哲学者もいる。われわれのできることはせいぜい言葉でまわりをめぐることで、中心の言葉にならない領域に関してはもう『黙れ』と。そのとき、ヴィトゲンシュタインはどこにいるのでしょう。彼の心は、この中心にいまあす。ただ、そこについては黙ろうとしている、黙らなくてはいけないという認識をもたらすものがある。」(p.188)


「ハイデッガーが「存在」とか言うじゃないですか。『在る』とか。あれは言ってみれば真ん中のすぱんと抜けたところを『在る』と言っているわけですよね。」(中沢, p.187)

「ところがわれわれは『存在』ではなくて『存在者』だから、まわりをぐるぐる回っているに過ぎないものなのに、中心部には『在るが在る』というふうに彼は言うわけですね。何でそのことをみんな驚かないのかと。」(中沢, p.187)

「『私』はその『在る』の中心部にいる。彼は踏み込む。そこからいろいろな言葉が紡ぎだされて来る、その中心点から、あの独特の言葉と思考がつぎつぎと湧き出てくる。」(p.188)


クリストファー・アレグザンダーは、『時を超えた建設の道』では、質そのものについては沈黙した(質を生成するパターンについては語った)という意味でヴィトゲンシュタイン的であり、『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー』では、その質に踏み込んで語った(センターとその関係性を捉えた15の基本特性)と言う意味で、ハイデガー的であるといえるだあろう。『時を超えた建設の道』から『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー』へのアレグザンダーの変化は、ヴィトゲンシュタインからハイデガーへ、ということで捉えられるのかもしれない。

ヴィトゲンシュタインとハイデガーは、僕にとって、気になる存在ではあったが、なかなか切り口がつかめないでいたが、ひとつよい切り口を見つけたと思った。井筒俊彦やホワイトヘッド、ベイトソンなどとともに、読んだり、再読したりしたい。

ずっと気になってた中沢さんの他の本も読みたいし、発見と知的好奇心を刺激される一冊だった。

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河合 隼雄 ,‎ 中沢 新一, 『仏教が好き!』, 朝日文庫, 朝日新聞出版, 2008
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新しい授業スタイル「ダイアローグ型授業」のススメ

僕がここ5年ほど、「創造社会論」という授業で試しているのは「ダイアローグ型」という新しいスタイルの授業である。

それは、ある専門がどのように他の分野と関わることができ、どのような未来が構想できるのかを、ある専門(僕の場合は創造性やシステム理論、パターン・ランゲージ)をもつ教員がホストとなり、多様な分野のゲストを招き、対談(ダイアローグ)を通して、その可能性を感じ、学ぶという新しいスタイルの授業である。「創造社会論」は、2コマ(3時間)×7週間の授業であるが、最初の週から最後の週までゲストを読んで、対談をしていく。

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ダイアローグ型の授業は、いわゆる講義や講演という「モノローグ」ではなく、学生たちが自分たちで何かに取り組む「演習」や「グループワーク」でもなく、対談・対話を聴くというスタイルの授業である。その場で生成される語り合いを見て、その現場に立ち会い、参加する。担当教員の専門や視点が多様な領域とどのように関わるのかを知ることができるだけでなく、教員の多分野への切り込み力や質問の投げかけ方、相手が語ったことへの反応や共感の仕方なども学ぶことができる。一方的に聴くだけでなく、学生も質問や意見などを言って参加することができる。僕も、対談相手に、自分の専門のことや最新の発見などを、うれしそうに話すことになる。こうやって、相手の分野に合わせて僕が説明をどう変えるのかも、学生たちは観察することになる。

僕自身は、対談本を読むことや、対談を聴くことは、とても創造性が刺激されるので、大好きだ。講演を聴くとなると、その人の考えた文脈の通りに理解していくことになるが、対談というのは、「創造的なスキマ」がある。対談している人のあいだで、コンテクストや意味のズレがよく生じる。話としてはつながっているように聞こえるのだが、実はそこにズレが生じているというときである。それがこちらの「創造・想像を挟み込む余地」となる。また、その場でのやりとりで考えて話すので、話している人も、論理の飛躍があったりする。しかも、盛り上がってくると、ふつう本では絶対描かないような大胆な発想や発言、本音なんかも出たりする。そういうズレとか飛躍がとてもクリエイティブな意味で刺激になるのだ。

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この授業では、僕は、学生のレベルに変に合わせることなく、ゲストの方と本当に話したいレベルで話して盛り上がる。内容によっては、学生によっては意味がよくわからないところも出てくるかもしれない。その自分がわからないことを、対談者同士が異様に盛り上がっている、というのを目の当たりにする(理解できなくて悔しい)ということを経験するということも大切な学びのうちだと思っている。もちろん、言葉や概念を説明なしに使っては、わかるものもわからないので、そういうものは適宜解説を入れたりする。そういう中で、理論や概念についての理解も深まる。いわゆる座学のモノローグとは違う、ダイナミックな話のなかで、そういうことを学ぶのである。

学校での授業でも、もっと、こういう「ダイアローグ型」の授業があってもいいんじゃないかと思う。

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この「ダイアローグ型授業」を行う「創造社会論」は、まもなく4月から2018年度クラスがスタートする。来てくださるゲストのみなさま、どうぞよろしくお願いいたします!

「創造社会論2018」(シラバス)
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瞑想とオープンダイアローグ:ティク・ナット・ハン『ブッダ「愛」の瞑想』を読んで

ティク・ナット・ハン師の『ブッダ「愛」の瞑想』を読んだ。瞑想についての理解が深まるだけでなく、そこに書いてあることは、オープンダイアローグに通じる話であった。

僕はこれまでも、オープンダイアローグの状況においては、対話のなかでマインドフルネスの状態が起きているだろうと感じていたが、ティク・ナット・ハン師のこの本のなかで、まさにそれに関係する記述を見つけた。やはり通じていると思う。

サンスクリット語で「サムヨジャーナ」というう「苦しみのかたまり」についての箇所で、次のように語っている。

「『サムヨジャーナ』とは、わたしたちの心の中にあう『苦しみのかたまり』のことであり、『心のしこり』とも訳されます。」(p.60)

「わたしたちの日々の言動の中には、愛する人の中にしこりを残すようなものもあるかもしれません。そのままにしておくと、その苦しみや痛みのかたまりは大きくなっていくことがあります。すると、あなたの愛する人はいつ爆発してもおかしくない、爆弾のような存在に変わってしまいます。たったひと言二言が引き金となって怒りを爆発させるので、そのうちそばに近寄ることも話しかけることもこわくなってしまいます。実はその人は苦しみでいっぱいだから、爆発してしまうだけなのですが---。」(p.60)

「ふだんの生活の中で深く聴くことは、瞑想そのものです、気づきの呼吸を実践し、自分の中に平和で安定した生きた慈悲を持ちつづけたいと本気で願うなら、深く聴けるようになります。」(p.61)

「人の苦しみは、誰かに本当に話を聴いてもらうまで終わりません。あなたが愛する人にとって、それができるのはあなたです。あなたこそ、その『だれか』なのです。」(p.61)


オープンダイアローグでは、本人の《体験している世界》について理解を深めようと、本人の話を《じっくりと聴く》。そこに本人にとって大切な家族もいる。また、家族のそれぞれが《体験している世界》についても、それぞれの話を《じっくりと聴く》。こうして、傾聴し合う場がもたれる。そうすると、ハン師の言う「苦しみのかたまり」「心のしこり」がほぐれていく。その結果、最終的には、問題が解消してしまう(精神病の場合には症状が出なくなる)。

オープンダイアローグにおける対話においては、互いに瞑想的な状態になり、相手の存在に「気づき」(マインドフルネス)、心の奥底に沈み込んだ「苦しみのかたまり」「心のしこり」がほぐれていく。

恐れについて語っている別の箇所では、このような記述もある。

「わたしたちの意識の奥底にはあらゆる恐れの種が埋もれている」(p.94)

「けれども、わたしたちは恐れに浮かび上がってきてほしくありません。つらいからです。そこで抑圧します。苦しみを奥底に押しやり、ネガティブなエネルギーが「居間」にす姿を現すことが決してないように、ほかのエネルギーを招き入れて部屋をいっぱいにしようとします。テレビをつけあtり、小説を読んだり、電話をかけたりして。これでは自滅作戦を遂行しているようなものです。自分の中にあるネガティブな種を見て見ぬ振りし、拒否しつづけるなら、やがて悪循環が始まります。」(p.94)

「むりやり抑えつけるやり方を取っているかぎり、恐れや怒り、絶望、苦しみといった『心の形成物(思い)』はくり返しわいてきます。意識の中がちゃんと循環していないと、鬱やストレスなど、心の病的な症状が現れてきます。」(p.95)


そこで、瞑想によって、その苦しみに向き合い、ほぐしていくということが推奨されるわけである。一人では、なかなか難しいので、瞑想の仲間である「サンガ」とともに。このとき、フィンランドのセイックラさんたちなら、「(オープンダイアローグの)ミーティングをしよう」となるのだろう。

これまでセラピーでは、つらいことそのものを語ると強化されてしまうので、なるべくその話題には触れないようにしてきたという。これに対してオープンダイアローグでは、みんなで一緒にその苦しみに向き合っていく。瞑想が一人の心的システムと身体とのカップリングで行うとすると、オープダイアローグは、それに対話というコミュニケーション・システムがカップリングするのである。オープン・ダイアローグがなぜ効くのか、ということは、この瞑想の話と結びつけて理解していくと、最も大切な対話の本質部分の理解がしやすくなるかもしれない。

この本は、薄い本であるが、「呼吸の瞑想」というものがどういうものかということが、非常にわかりやすく書かれていて、上記のような興味・関心が重なる人が、マインドフルネスに関して最初に読む本としておすすめできるのではないかと思う。

坐って行う瞑想だけでなく、日常生活のなかの歩くときの瞑想や水を飲みながらの瞑想など、いま・ここの自分に本当の意味で「気づく」(マインドフルネス)ということの意味がとてもわかりやすい。それに関連して、おっと思う箇所がったので、最後に引用しよう。

「水を飲みながら、『今、自分が水を飲んでいる』という事実に気づいているなら、そこには『気づき』があります。英語では「マインドフルネス」といいます。マインドフルネスは、仏教でいう「念」のこと。漢字を見ると明らかなように『今』に「心」がある状態です。息を吸いながら、自分が息を吸っていることに気づいているなら、そこにはマインドフルネスがあります。マインドフルネスとは常に、『何かへの気づき』なのです。」(p.85)


ここは、読んでいて「おおーっ!」となった。「いま・ここに生きる自分に気づく」ということがマインドフルネスであり、それを漢字で書くとき「念」という字が出てくるのであるが、そこで少し離れた感じがいつもしていなのだが、確かに「今」と「心」から成り立つ字であった。なるほど〜、面白い。


『ブッダ「愛」の瞑想』(ティク・ナット・ハン, 角川学芸出版, 2014)

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未来へのお守りになるような希望を書く:『こころ揺さぶる、あのひと言』を読んで

本屋で見つけた『こころ揺さぶる、あのひと言』という本、いろんな方が、ずっと心に残り人生を支えてくれている言葉について書いているエッセイ集。

どれも素敵なのだが、なかでも僕が一番共感したのは、角田光代さんの「希望を書かなければだめだ」という話。

「私より三四歳年上の編集者に、『あなたは希望を書かなければだめだ』と、言われた」(p.28)という。

「『なあ、世の中に残っている小説は、ぜんぶ希望を書いているんだ。残る小説にするには、希望を書かなければだめだ』と。」(p.28)

「けれど私は世のなかにはそうかんたんに救いなんかないと思っていた。そう思うのだから嘘は書けないと思っていた。言葉に懐疑的だからこそ、空々しくうつくしいことなんて書けないのだった。けれどそうして書いている小説は、何か決定的に足りないことも自覚していた。」(p.28)

しばらくして、その言葉の意味がわかったという。

「救いはないと断じるのなんてかんたんなことだ。そこからなんとかして信じられる救いをつかみ出す、そういう小説こそ力を持ち得るのではないか。」(p.29)

僕も、パターン・ランゲージを書いているときは、希望の星となって、自分のよい未来へと導いてくれるような言葉をつくり、そのための文章を書いている。宮崎駿も、昔同様のことを言っていた。現実のだめなところを書くために苦労して映画をつくってるんじゃない。希望を描くんだ、というようなことを。

僕らがつくるパターン・ランゲージは、ポジティブで明るいものしかないと言われることがある。それは、僕が希望の言葉をつくりたいと思っているからだ。そうでなくても、過酷な現実は目の前に広がっているわけだし、マスメディアやネット上には、暗い話やひどい言葉にあふれている。そういう状況に、新たになぜ、絶望の言葉を加えなければならないのだろうか。いま世界に不足しているのは、明るく進む道を照らしてくれる希望の言葉ではないだろうか。

僕は、そう考えて、ポジティブなランゲージを日々つくっている。人によっては、その言葉が、お守りのように、自分の人生を支えてくれているという人がいう。そこまでいかなくても、ちょっと勇気がいることも、実践への背中を押してくれるような言葉だという声も聞く。なんとかして、希望が持てる言葉を編み上げて行く。僕らがつくっているのは、そういうランゲージであろり、僕らが取り組んでいるのは、そういう研究なのである。

『こころ揺さぶる、あのひと言』の本の話に戻ると、この本には、なんと、我らが同僚の村井純も書いていた。彼の心に残っっている言葉は、「世界のために働け」(p.36)というキルナム・チョン先生の言葉だという。他にも、夏樹静子さんの「筆をおかずに、ひたすら描き続けてください。続けていれば、必ずまたいいものができるでしょう」(p.88)という言葉、他にも、内山章子さんが姉・鶴見和子さんから言われた言葉「あのね、易しいことはつまんないの。すぐ出来ちゃうから。難しいことはね、ああかな、こうかなって考えて、いろいろ工夫してやるから、すごく面白いの。難しいことに出あったら、面白いと思ってすることね」という言葉など、僕の心にも新たに残るような言葉がたくさん紹介されている。素敵な言葉の宝石箱みたいな本だった。

いつか僕も、誰かの心に残るような素敵なひと言が言えるような人になりたいなぁ、と思った。いつの日にか。

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「いい人に会う」編集部 編, 『こころ揺さぶる、あのひと言』, 岩波書店, 2012
パターン・ランゲージ | - | -

マインドフルネス、ガーター(偈頌:げじゅ)、パターン・ランゲージ

いまの僕にとって、とても発見的な本と出会った。ティク・ナット・ハン師の『今このとき、すばらしいこのとき』(Present Moment Wonderful Moment)。本の内容も素晴らしいのだが、その本で提示されているものがどういうものであるのかという部分が、パターン・ランゲージとの関係できわめて重要なものだった。

パターン・ランゲージを提唱した建築家クリストファー・アレグザンダーは、彼の著作を紐解くと、かなり禅など東洋の影響を色濃く受けていることがわかる。「無我」や「道」や「質」など。彼の言っていることも選ぶ言葉も、西洋近代的ではなく、きわめて東洋的なのである。そして僕らは、そのパターン・ランゲージを町や建物のかたちではなく、人間行為の領域に応用した。ここで、実践・行いという点で重なりが生まれ、マインドフルネスの話とつながっているという感覚がこれまでにもあった。ティク・ナット・ハン師のこの本は、その理解をさらに一歩進めてくれた。

この本に収録されているのは、「ガーター」(偈頌:げじゅ)という短詩である。

「ガーター(偈頌)は、日常生活の中で唱えることで、今この瞬間に戻り、マインドフルネス(気づきの心)を保てるよう助けてくれる短詩です。瞑想と詩の両方を含む実践という意味で、ガーターは禅の伝統には欠かせない要素ですが、それを用いるために、特別な知識や宗教的な修行はいりません。」(p.3)

「ガーターを唱えるのは、この今という瞬間にとどまるための方法のひとつです。一編のガーターに意識を集中させるとき私たちは自分自身に帰り、一つひとつの動作に対する気づきが深まります。唱え終えても、高まった気づきを伴ったまま活動は続いていきます。」(p.6)

つまり、ガーターとは、日常のいろいろな実践において、その実践について意識を集中させて、マインドフル(気づきが深まった状態)になるための入口となるものである。

本書に収録されているものをいくつか紹介すると、ガーターとは、例えば、こういうものだ。まず、「目覚めのとき」(Waking Up)というタイトルがつけられたガーター。

目覚めのとき

目覚めて微笑む
生まれたての二十四時間
一瞬一瞬気づきを忘れず
すべてを慈しみの眼で見られますように」(p.14)


次に、「蛇口をひねる」(Turning on the Water)というガーターは、こういうもの。

蛇口をひねる

高い山から涌きいで
大地の底を流れる
奇跡の水に
心は感謝で満たされる」(p.30)


そして、「食事を用意する」(Serving Food)。

食事を用意する

この食べ物に目をやれば
宇宙のすべてがそこにある
だからこそ
私は今ここにいる」(p.140)


こういう何気ないことが、いかに奇跡的な有難いことなのかを感じさせてくれて、その実践を大切に行うことができるようになる。ほかにも、「水やりをする」とか「お皿を洗う」というようなものや、「コンピュータを立ち上げる」というものまである。

ティク・ナット・ハン師は、日常のなかでの実践のなかにマインドフルネスを活かしていくエンゲージド・ブディズム(現実に関わる仏教)やアプライド・ブディズム(応用仏教)を展開した人であり、訳者解説には、エンゲージド・ブディズムについて、彼の次のような言葉が紹介されている。

「それは、家庭、地域、街や社会の中において、1日中途切れることなくマインドフルの実践を行うことです。あなたの歩み方、視線の投げかけ方、座り方などが、まわりの人びとに影響を与え、どのような時でも安らぎと、幸福と、喜び、そして友愛を育むことを可能にするのです。」(p.245)

「ガーターを使って実践するときには、ガーターとこれから先の人生とが一体となり、私たちは毎日を目覚めた意識で生きることになります。」(p.6)

パターン・ランゲージも、まさに、一つひとつの活動・行為に対する「気づき」を深め、「目覚めた意識」で活動できるようにしてくれるものである。なぜそういうことが大切なのかというと、ティク・ナット・ハン師は、次のように言います。

「私たちは忙しすぎて、自分の行動に無自覚なだけでなく、自分自身せ見失うことがしばしばあります。呼吸するのを忘れていて、ということさえあるのです。」(p.5)

「自分にとって大切な人に、きちんと目を向け感謝することも忘れて過ごすうちに、人はそうする機会を失います。時間に余裕があるときでも、自分の心や周囲に起こっていることに確かに触れるすべを知りません。」(p.5)

「瞑想とは、自分の体、感情、心や、この世界に起こっている事実に気づくことです。今この瞬間に心が定まるとき、生まれたばかりの幼子、昇ってくる太陽など、今ここにあるすばらしい出来事や不思議に目が開かれます。私たちは、目の前に起こっていることに気づくだけで、とても幸せになれるのです。」(p.5)

パターン・ランゲージは、心のマインドフルネスを目指すといよりは、第一義的には、よりよい質の実践を目指すものであるので、エンゲージド・ブディズムとまったく同じというわけではない。しかし、ある行為・実践が、どのような意味をもっているのかを、深く感じながら実践することの大切さを重視する点では重なりがある。

「コラボレーション・パターン」に馴染んている人は、チームの仲間に「ありがとう」というとき、それが《感謝のことば》の実践であるということが心に浮かび、それがいかに大切で有難いことかを感じながら行う。やりとりをしているときには、それが《レスポンス・ラリー》であることを感じるし、《こだわり合う》ことがよい質につながることを感じることができる。

『旅のことば』(認知症とともによりよく生きるためのパターン・ランゲージ)に馴染んでいる人は、水やりをするということが《自分の日課》として大切なものであることや、《なじみの居場所》がかけがえのない場所であることを感じながら、自らのなじみの居場所に思いを馳せる。

このように、パターン・ランゲージは、実は、単に実践していない人に新しい発想を加えるというだけでなく、すでに実践している人にも、その行為・実践の意味(よりよい質につながる、当たり前ではない)を感じて、マインドフルにその行為・実践をすることを可能にしてくれる。パターン・ランゲージの「活用」というときに見過ごされがちだが、その実践の意味を深く感じられるというのは、とても重要なことである。

ガーターのタイトルは、パターン・ランゲージのパターン名にあたり、短詩の部分は、パターンの内容・記述にあたるだろう(特に、イントロダクションや状況、解決のあたり)。そして、詩的なやわらかな部分は、イラストが担っていると思う。

「瞑想と詩を合わせて実践するガーターは、禅の伝統の鍵です。ガーターを憶えれば、蛇口をひねるとき、お茶を一服するときなど、特定の行為と結びついた一節がおのずから心に浮かんでくるでしょう。」(p.6)

「ガーターは大きな助けになり、ほかの人にとっても同じく役に立ちます。心の中に安らぎと、穏やかさと、喜びの深まりを感じ、それを人と分かち合えるようになるのです。」(p.6)


このあたりは、パターンが状況駆動であることや、ランゲージ(言語)としてつくっていることにつながる。パターンは、一人の実践をよりよくするとともに、対話のなかで経験を分かち合うためのものでもある。
パターン・ランゲージとガーターの重なりが見えてくると何がよいかというと、マインドフルネスとの関係が見えてくるだけでなく、それが、歴史的に継承されてきた考え方や方法に接続できるからである。

「ガーターの実践は二千年以上前に始まりました。」(p.4)

ガーターについて、さらに学んでみたいと思っている。


さらに、表現媒体の観点からも、重なりを感じるので、パターン・ランゲージの可能性について、ガーターから学ぶことができるかもしれない。

訳者の解説によれば、世界各国で行われているリトリートでは、ガーターがイラストつきの小さなカードに書かれれているものが置かれ、持って帰ることができたりして、人々はお守りのように大切に持っているという。これは、僕らのパターン・カードが近い。

また、ティク・ナット・ハンが開いたフランス・ボルドーのプラムヴィレッジでは、建物や敷地のあちこちでガーターを目にするという。それぞれの場所に応じて、「洗面所には、『手を洗う』、キッチンには食べる瞑想に関する多くのガーターが、禅堂にはもちろん瞑想に関わるガーターである」(p.251)。これは、僕らでいうと、パターン・オブジェクトにあたる。

さらに、ガーターという言葉の原義は「歌」であり、昔は歌いながら口伝したのではないかということである。これも、僕らがパターン・ソングで行おうとしていることに通じる。おそらく、口伝で広まり受け継げるように、短い詩のかたちをとったのだろう。

このように、ティク・ナット・ハン師の本『今このとき、すばらしきこのとき』は、そのガーターの内容が素敵であるだけでなく、このように今の僕にとっては、とても素敵な可能性が見えた本だった。


ティク・ナット・ハン, 『今このとき、すばらしいこのとき Present Moment Wonderful Moment:毎日が輝くマインドフルネスのことば』, 島田啓介(訳), サンガ, 2017

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声、神話、地下水脈:谷川俊太郎・覚和歌子『対詩 2馬力』を読んで

谷川俊太郎さんと覚和歌子さんの『対詩 2馬力』は、お二人の「対詩」でつくった詩と対談が収録されている本。覚(かく)さんは、『千と千尋の神隠し』の主題歌「いつも何度でも」の作詞をされた方ですね。

「対詩」についての話も面白かったが、それ以外のところで僕にとって重要なところがいろいろあった。まず最初は、覚さんが声から入っているということについて聞かれての発言。

「『一期一会』感覚というか、『そのとき声出してしまったものがすべて』みたいなことと、もう一つは『言葉において、声のほうが文字よりもえらい』と確実に思っていますね。」(覚, p.30)

「文字は『意味』に近いけれども、声は意味を超えて『波動』そのものだということですね。波動のほうがより真実で、リアリティがある。」(覚, p.30)

そうそう、そうなのだ。だからこそ、僕は、パターンの中に事例の文章を入れず、その代わりに対話ワークショップやパターン・カードを用いた対話のようなかたちで、声で自らの経験を語り、それを聞く、ということを重視してきた。パターンの記述だけで伝達のための自己充足的なコンテンツとするのではなく、あえて「スキマをつくる」ことで、語り=声が引き出されるようにつくってきた。

そして、これからのチャレンジは、パターンそのものの内容を声でどう共有していくか。パターン・ソングというのは、その試みの最初のものだし、ラジオやポッドキャストのようなものでの共有なども試してみたいと思っている。いまでも僕らは、パターン・ランゲージをつくり込むときには、視覚的な文字面だけでなく、音として発したり聴いたときにもわかるようになることを気にして、パターン名を考えている。そういうことが発揮される音声的な共有手段についても、もっと模索していきたいと思っている。


また別の箇所で、覚さんのつくる詩が物語詩であることについての話題のなかで語った次のことも、僕をワクワクさせた。

「物語というか、神話をね、詩のかたちでやりたかったんです。小説はどうしても微に入り細を穿(うが)ちすぎるというか……。読みながら『そこ、別に知らなくてもいい』ってところまで説明されすぎていてまだるっこしいんですよね。・・・でも、物語を読みたいという普遍的な人間の欲求はあるだろうなと思って。だからそれを詩のかたちでやりたかったんです。」(覚, p.34)

この気持ちすごくわかる。そう、そうなんだよ。僕は、神話を、詩ではなく、パターン・ランゲージのかたちでやりたい。もう物語として提示されること自体から変えて。でも人類が普遍的にもっている理や型など、神話が伝えてくれたようなことを、物語の形式ではなく、自分が生きるということのなかで物語化がなされるようなやり方で、共有したい。まだうまく言えないけれども、パターン・ランゲージでやりたいことはそのことなのです。そういうわけで、最近、また、神話について、読み直し、学び直そうと思っていたところだった。


詩の創作についての谷川さんが語った次のことも、重要。詩人が2人で対詩をつくるということについて。

「水の比喩で言うと、一人一人が泉でね。泉っていうのは、地下の水脈につながっていて、そこから湧くでしょう?」(谷川, p.45-46)

「僕なんかはやっぱりそういう集合的無意識にできるだけ根をおろしたいというか、届きたいという気持ちがどこかにありますね。」(谷川, p.46)

この地下水脈のメタファーは、井戸と地下という言葉で語る村上春樹さんの話にも通じるし、河合隼雄さんの「個を突き抜けての普遍」という話にもつながる。

まさに、僕がパターンを洗練させて、仕上げるときに、ぐっと深く潜り込んで探るのも、この多くの人の奥深いところに通じる地下水脈である。


最後に、覚さんが言っていたすごく素敵な執筆スタイルの箇所を。

「私は、基本、詩は八ヶ岳のアトリエでしか書かない、と決めて、すごく試作が楽しくなりました。やっぱり自然の中には「お助け小人」がいるんですよ。そういう話をこの間、画家の友人としていたら、彼も『絶対いる』って言ってましたね。自然の中で書くのは、楽しい。エッセイとか散文は東京でも書けるんですけど、詩は山で書くほうが楽しいですね。」(覚, p. 51)

素敵すぎる、そのスタイル。世界の作家たちも、丘の上のヒュッテ(小屋)みたいなところをもっていて、そこにこもって書く、というような人は多い。僕もそういう特別な場所を持ちたいなぁ。実に。


『対詩 2馬力』(谷川俊太郎,‎ 覚 和歌子, ナナロク社, 2017)

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人間、世界・宇宙と向き合う:谷川俊太郎『聴くと聞こえる』を読んで

谷川俊太郎さんの新刊『聴くと聞こえる:on Listening 1950-2017』は、沈黙と音と言葉についての詩とエッセイで編み上げられている魅力的な本だった。

「言葉というものが何でも語ることができると思ったら大間違いだ。」(p.52)

「たとえば、言葉は音楽を語る事ができない。音楽をめぐるいろいろな事、或いは音楽を聞く自分を語れはしても、音楽そのものは語れない。」(p.52)

「だが人間として生きること、それは沈黙して生きることであってはならない。そして特に詩人として生きること、それは言葉や声がどんなに信じ難いものであるにせよ、沈黙ではないものに賭けて生き続けることに他ならない。
 人を互いにむすびつけることだけが言葉の機能ではない。言葉は人間のものであり、同時に人間のものでない。〈青空よ…〉と詩人が呼びかける時、詩人はその言葉を、自分と、青空と、そして人々のために云うのだ。そしてそうすることで、詩人は青空と戦い、かつむすばれる。」(p.108)


僕もパターン・ランゲージをつくるとき、同様の気持ちを抱く。

「実践知は身体的なものであり、言葉で表せるわけがない」と言われることがあるが、そんなことは当然であり、言葉で何でも表現できるなんて思っているわけではない。しかし、しかしだ。詩人が世界について、音楽について、沈黙について語るように、僕らは、なんとか言葉にしようとする。そのものは伝えられなくても、それがどのようなものであるのかを、詩的に表現し、共有するのである。

だからこそ、パターン・ランゲージは、詩との関係が深い。アレグザンダーはパターン・ランゲージの本のなかで「詩学」(ポエジー)という言葉を用いて語ったし、パターン・ランゲージをつくる人のなかには、本当に詩を書く詩人である人もいる。

僕らは言葉の限界を理解した上で、それで表せることに賭けている。そこに挑んでいる。だから、パターン・ランゲージの作成は一筋縄ではいかない、身を削るような作業となる。それは、人間と、そして世界・宇宙と向き合うことである。言葉にならないものに眼差しを向け、そのための言葉を紡いでいくということなのである。


谷川俊太郎, 『聴くと聞こえる:on Listening 1950-2017』, 創元社, 2018

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慶應義塾大学SFC「パターンランゲージ」2018シラバス

「パターンランゲージ」
慶應義塾大学SFC総合政策学部・環境情報学部(基盤科目-共通科目)
担当教員:井庭 崇, 鎌田 安里紗
開講:2018年度春学期(前半)
曜日時限:水曜1・2限

【科目概要:主題と目標/授業の手法など】

この授業では、創造的な未来をつくるための言語「パターンランゲージ」について、その考え方と方法を学びます。パターンランゲージでは、創造・実践の経験則 を「パターン」という小さな単位にまとめ、それを体系化します。かつて、建築家のクリストファー・アレグザンダーは、いきいきとした町や建物に繰り返し現れる関係性をパターンとして定義し、253個のパターンを抽出・記述しました。その後この考え方は、ソフトウェア開発の分野に応用され、現在でも広く活用されています。SFCでは、創造的な学びのための「ラーニング・パターン」や、創造的プレゼンテーションのための「プレゼンテーション・パターン」、創造的コラボレーションのための「コラボレーション・パターン」などが制作されてきました。この授業では、パターンランゲージの考え方を学びながら、新しい分野において自らパターン・ランゲージをつくることができるようになることを目指します。

今年は、以下の9つのテーマでグループワークを行う予定です。履修者は以下のなかから1つテーマを選び、グループワークでそのテーマのパターンランゲージの作成に取り組みます。

(1) グループワークをよりよくするリーダーシップ
(2) SFCのFab環境の活かし方・学び方
(3) SFCでうまく「研究」生活をおくる秘訣
(4) 数足のわらじの履き方(複数のコミュニティ・活動をしっかりやり抜く)
(5) 一人暮らしで料理をしつづけるコツ
(6) 好きなことの突き詰め方
(7) 研究会のよりよい選び方
(8) 外国語の習得と活かし方
(9) よりよいノートの取り方

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【授業計画】

[第1週]
第1回:[4/11] イントロダクション
この授業の内容と進め方と、パターンランゲージの背景にある考え方を学びます。また、グループワークのグループ分けの発表があります。

第2回:[4/11] パターンの掘り起こし方(Pattern Mining)#1 Mining Dialogue
パターンをつくるための情報を対話的に掘り起こすMining Dialogueのやり方について学び、実際にやってみます。


[第2週]
第3回:[4/18]パターンの掘り起こし方(Pattern Mining)#2 Clustering
集めた情報をとりまとめるClusteringのやり方について学び、取り組みます。

第4回:[4/18] 第4回 パターンの掘り起こし方(Pattern Mining)#3 Clustering
集めた情報をとりまとめるClusteringのやり方について学び、取り組みます。

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[第3週]
第5回:[4/25] パターンを書くための準備(CPS Writing)
経験から得られた結果をもとに、状況・問題・解決というCPS形式で書いていく方法を学び、実践します。

第6回:[4/25] パターンの書き方(Pattern Writing)
CPSの記述をもとに、フル記述のパターン形式で書いていく方法を学び、実践します。


[第4週]
第7回:[5/9] パターンの磨き方(Pattern Improvement)
グループで書いてきたパターンをさらによい内容・表現にするためのコツを伝授します。

第8回:[5/9] パターンの名前とイラストのつくり込み(Pattern Symbolizing)
パターン名のつけ方や、パターン・イラストの描き方についてのコツを伝授します。


[第5週]
第9回:[5/16] ライターズ・ワークショップ(Writers’ Workshop)#1
各グループのパターンをよりよいものにするために、他のグループのメンバーからコメントをもらいます。

第10回:[5/16] ライターズ・ワークショップ(Writers’ Workshop)#2
各グループのパターンをよりよいものにするために、他のグループのメンバーからコメントをもらいます。


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[第6週]
第11回:[5/23] スタイル・マイニング・ワークショップ #1
パターン・ランゲージの方法をもとに生まれた「スタイル・ランゲージ」(sytle langugae)の考え方について学び、「SFCの授業のスタイル」についてのスタイル・マイニング・ワークショップを行います。

第12回:[5/23] スタイル・マイニング・ワークショップ #2
「SFCの授業のスタイル」についてのスタイル・マイニング・ワークショップを行います。

[第7週]
第13回:[5/30] グループワーク成果を用いた対話ワークショップ #1
グループワークで作成したパターン・ランゲージを用いた対話ワークショップを行います。

第14回:[5/30] グループワーク成果を用いた対話ワークショップ #2
グループワークで作成したパターン・ランゲージを用いた対話ワークショップを行います。

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【提出課題・試験・成績評価の方法など】
成績は、グループワークへの参加と成果、個人宿題、授業中の参加、最終レポートから総合的に評価します。


【履修上の注意】

  • 授業と並行して、授業外でグループワークを行います。しっかりと取り組み、最後までやり切ってください。

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  • 授業と並行して、文献を読んでまとめを提出する個人宿題が毎週出ます。

    【履修選抜課題】
    受入学生数(予定):約 100 人
    選抜方法:課題提出による選抜

    この授業では、選んだテーマのパターン・ランゲージをつくるグループワークを行います。授業時間外にグループにメンバーでしっかりと時間をとって取り組む必要があります。そのことを十分理解した上で、以下の履修選抜課題に取り組んでください。

    今年は、以下の9つのテーマでグループワークを行う予定です。

    グループワークで作成するパターン・ランゲージのテーマ一覧
    (1) グループワークをよりよくするリーダーシップ
    (2) SFCのFab環境の活かし方・学び方
    (3) SFCでうまく「研究」生活をおくる秘訣
    (4) 数足のわらじの履き方(複数のコミュニティ・活動をしっかりやり抜く)
    (5) 一人暮らしで料理をしつづけるコツ
    (6) 好きなことの突き詰め方
    (7) 研究会のよりよい選び方
    (8) 外国語の習得と活かし方
    (9) よりよいノートの取り方

    【課題1】上記の9つのなかから、グループワークで自分が取り組みたいと思うテーマを選び、その番号とテーマ名を明記した上で、それにまつわる自らの経験・秘訣について、書いてください。テーマを選ぶ際には、自分がそのテーマの実践に日頃から親しんでいるか、ある程度知っているということが重要になります。興味があるものが複数ある場合には、「第一希望」、「第二希望」などを、明記してください。なお、このエントリーの情報に基づいて、こちらでグループを決め、初回に発表します。

    【課題2】自分が取り組むテーマ以外で、経験があり、自分が大事だと思うやり方・コツについて語ることができるテーマを、上記の9つのなかから挙げてください(該当するものすべて)。 履修選抜レポートでは、自分が語ることができるテーマの番号とテーマ名を挙げ、どのようなことが語れそうか(経験や秘訣)、ごく簡単に書いてください。ここで挙げてもらった情報を踏まえ、そのパターンをつくっているグループからインタビューを受けてもらう可能性があります。

    以上、(1)と(2)を両方入れた履修選抜レポートを、PDFファイルで提出してください(WordやPagesでPDF保存・PDF出力で作成できます)。


    【教材・参考文献】

    教科書
  • パターン・ランゲージ:創造的な未来をつくるための言語』(井庭崇 編著, 中埜博, 江渡浩一郎, 中西泰人, 竹中平蔵, 羽生田栄一, 慶應義塾大学出版会, 2013年)
    参考文献
  • 『プロジェクト・デザイン・パターン:企画・プロデュース・新規事業に携わる人のための企画のコツ32』 (井庭 崇 , 梶原 文生, 翔泳社, 2016年)
  • 『時を超えた建設の道』(クリストファー・アレグザンダー, 鹿島出版会, 1993年)
  • 『パタン・ランゲージ:環境設計の手引』(クリストファー・アレグザンダー, 鹿島出版会, 1984年)
  • 『プレゼンテーション・パターン:創造を誘発する表現のヒント』(井庭崇+井庭研究室, 慶應義塾大学出版会, 2013年)
  • 『Fearless Change アジャイルに効く アイデアを組織に広めるための48のパターン』(Mary Lynn Manns, Linda Rising, 丸善出版, 2014年)
  • 『パターン、Wiki、XP:時を超えた創造の原則』(江渡浩一郎, 技術評論社, 2009年)
  • 『クリストファー・アレグザンダー:建築の新しいパラダイムを求めて』(工作舎, 1989年)
  • 『社会システム理論:不透明な社会を捉える知の技法』(井庭 崇 編著, 宮台 真司, 熊坂 賢次, 公文 俊平, 慶應義塾大学出版会, 2011年)
  • 『A Tale of Pattern Illustrating:パターンイラストの世界』(原澤 香織, 宮崎 夏実, 櫻庭 里嘉, 井庭 崇, CreativeShift, 2015)
  • 『Pattern Illustrating Patterns: A Pattern Language for Pattern Illustrating』(Takashi Iba with Iba Laboratory, CreativeShift, 2015)

    【担当教員】
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    井庭 崇(いば たかし)
    1974年、神奈川生まれ。慶應義塾大学総合政策学部 教授。株式会社クリエイティブシフト代表取締役社長、および、パターン・ランゲージの学術的な発展を促す国際組織 The HillsideGroup 理事も兼務。2003年、慶應義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。
    様々な創造実践領域の研究を通じて、創造とはどういうことかを明らかにするために、創造システム理論を構築・提唱している。また、創造社会(Creative Society)の実現に向けての社会論、および、創造実践の支援の方法としての「パターン・ランゲージ」の作成・研究に取り組んでいる。井庭研メンバーと作成したパターン・ランゲージは、多様な分野の30種類以上にのぼり、その数は、1000パターン以上となる。
    編著書・共著書に『複雑系入門:知のフロンティアへの冒険』(NTT出版、1998年)、『社会システム理論:不透明な社会を捉える知の技法』(慶應義塾大学出版会、2011 年)、『パターン・ランゲージ:創造的な未来をつくるための言語』(慶應義塾大学出版会、2013年)、『プレゼンテーション・ パターン:創造を誘発する表現のヒント』(慶應義塾大学出版会、2013年:2013年度グッドデザイン賞受賞)、『旅のことば:認知症とともによりよく生きるた めのヒント』(丸善出版、2015年)、『プロジェクト・デザイン・パターン:企画・プロデュース・新規事業に携わる人のための企画のコツ32』(翔泳社、2016年)など。『旅のことば』は、オレンジアクト認知症フレンドリーアワード2015大賞、および2015年グッドデザイン賞を受賞、さらに2016年度かわさき基準の認 証を受けている。また、2017年には中国語(繁体字)での翻訳書が香港で出版された。2012年にNHK Eテレ「スーパープレゼンテーション」で「アイデアの伝え方」の解説を担当。


    鎌田 安里紗(かまだ ありさ)
    1992年、徳島県生まれ。モデル、エシカルファッションプランナー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科前期博士課程修了、2018年四月より慶應義塾大学大学非常勤講師。高校在学時に雑誌『Ranzuki』でモデルデビュー。エシカルな取り組みに関心が高く、フェアトレード製品の制作やスタディ・ツアーの企画などを行っている。著者に『enjoy the little things』(宝島社)。環境省「森里川海プロジェクト」アンバサダー、People Treeアンバサダー、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。これまでに中心的に作成したパターン・ランゲージは、「Ethical Lifestyle Patterns」、「Personal Culture Patterns」、制作に関わったのは「コラボレーション・パターン」、「Generative Beauty Patterns」、『旅のことば:認知症とともによりよく生きるた めのヒント』(イラストも担当)、「Pattern Writing Patterns」など。
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