井庭崇のConcept Walk

新しい視点・新しい方法をつくる思索の旅

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2010年を振り返る:研究成果・発表一覧

2010年も、あと1日で終ろうとしている。

ということで、今年一年間を振り返ってみることにしたい。


今年は2月末にアメリカから帰国し、春からは大学でのいつもの日々に戻った。

昨年一年間かなり自由に研究生活をしてきた影響で、日本での日常に戻るのに結構苦労したが、以前よりも「自由であること」にこだわり、生活の再設計を試みた。

できないことはちゃんと「できない」と言う、やりたくないことは「やりたくないと思っている」ことをちゃんと伝える、〆切のある仕事を自らつくらないなど(これら自体は、賞賛できることではないけれども……)。

過去の経緯からなんとなくやっているということも、本当に必要なことかを考えて、必要性を感じないなら、やめるようにした。

それでも、日々いろんなタスクが積み重なって、アップアップするときもある。そうなったら、優先順位の低いものから整理して、なるべく自由の「のりしろ」をつくるように努力する。


このように「自由であること」にこだわったのは、それが今の自分にとって、知的な探究や創造をするための必要条件だと感じたからだ。

そして、その自由な時間のなかで、本を読む時間を増やし、人に会って話す時間を増やし、考える時間を増やし、自分がそのとき心からやりたいと思う研究・創造に取り組む。

結果としては、表面的なプロダクティビティは下がったが、知的には実に豊かな一年だったと思う。そして、来年への勢いがついていると思う。


今年の研究成果・発表は、以下のとおり。

書籍関連では、東浩紀さんにお世話になった一年だった。

学会発表の数が例年に比べて圧倒的に少ないのは、学生がファーストオーサーで僕が指導するというタイプの発表が、今年はゼロだったため(これは7年前に井庭研が始まって以来初めて)。

そして、授業で魅力的な対談がたくさんできた(ありがとうございました!)。


書籍(講演・座談会が収録された)

『ised 情報社会の倫理と設計 設計篇』(東 浩紀, 濱野 智史 編著, 河出書房新社, 2010年5月)
第4回講演「自己革新的な社会に向けての教育とメディア」(井庭崇)

『ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇』(東 浩紀, 濱野 智史 編著, 河出書房新社, 2010年5月)

『思想地図β vol.1』(東浩紀 編, 合同会社コンテクチュアズ, 2010年12月)
特集第二部 パターン・サイエンス「パターンの可能性:人文知とサイエンスの交差点」(井庭崇+江渡浩一郎+増田直紀+東浩紀+李明喜)


学会誌(エッセイ)

● 井庭 崇, 「モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築」, 人工知能学会誌 25(5), 710-714, 2010 [ 加筆・修正版 ]


ジャーナル論文(投稿中)

Takashi Iba, "Scale-Free Networks Hidden in Chaotic Dynamical Systems", arXiv:1007.4137v1 [nlin.CD], 2010 [ 論文 ]


学会発表

● 井庭崇, 「創造システム理論の構想」, 第14回進化経済学会大会, 2010年3月 [論文]

● Takashi Iba, "Network Analysis for Understanding Dynamics", International School and Conference on Network Science 2010 (NetSci2010), May, 2010

● Takashi Iba, "Autopoietic Systems Diagram for Describing Creative Processes", 2nd Conference on Collaborative Innovation Networks (COINs2010), Oct., 2010 [ 発表スライド ]

● Takashi Iba, Mami Sakamoto, and Toko Miyake, "How to Write Tacit Knowledge as a Pattern Language: Media Design for Spontaneous and Collaborative Communities", 2nd Conference on Collaborative Innovation Networks (COINs2010), Oct., 2010 [ 発表ポスター]


講演

● 井庭 崇 + 学習パターンプロジェクト, 招待講演「学習パターン:学びのパターン・ランゲージ」, パターン祭り2010「AsianPLoP2010の報告と展望」, 情報処理学会 ソフトウェア工学研究会 パターンワーキンググループ, 2010

● 井庭 崇, 「学習パターン」, UMTP組込みモデリング分科会, UMLモデリング推進協議会, 2010

● Takashi Iba, "Hidden Order in Chaos: The Network-Analysis Approach to Dynamical Systems", Center for Complex Network Research (CCNR), Northeastern University, Nov., 2010


対談

● 「isedとはなんだったのか:『ised 情報社会の倫理と設計』倫理篇・設計篇刊行記念」(東浩紀/濱野智史/井庭崇/荻上チキ/小倉秀夫/加野瀬未友/楠正憲/崎山伸夫/鈴木健/鈴木謙介/津田大介/八田真行/村上敬亮)

「The Nature of Order」(中埜 博 × 井庭 崇, 2010年10月) [ 対談映像 ]

「政策のパターンランゲージに向けて」(竹中 平蔵 × 井庭 崇, 2010年11月) [ 対談映像1対談映像2 ]

「創造と想像のメディア」(江渡 浩一郎 × 井庭 崇, 2010年12月)[ 対談映像 ]

「不可視のパターンランゲージ」(池上高志×岡瑞起×井庭崇, 2010年12月)
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新しいパターン・ランゲージの試みを AsianPLoP に投稿

2011年3月に東京で開催される、パターン・ランゲージの国際学会「AsianPLoP 2011: 第2回プログラムのパターンランゲージ・アジア会議」に、井庭研から3本の論文を投稿した。

どれも、初めてパターン・ランゲージが適用される新しい領域への挑戦をしている。

●「政策言語 = 政策デザインのパターン・ランゲージ」
 (井庭 崇, 竹中 平蔵)

●「A Pattern Language for Child Rearing(子育てのパターンランゲージ)」
 (中條 紀子, 井庭 崇)

●「集合知パターン試論: 戦略策定におけるweb上の集合知活用に向けて」
 (清水 たくみ, 井庭 崇)

これらのパターンを洗練させるとともに、新しい領域へのパターン・ランゲージの適用可能性について、さらに探究していきたいと思う。
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モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(連載まとめ)

連載「モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築」のまとめ。


モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(1)
Introduction

モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(2)
1. 米国での研究生活で感じた自分の英語力の低さ
1.1 スピーキング
1.2 リスニング
1.3 ライティング

モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(3)
2. 日本にいながら英語力を高める方法
2.1 「言語のシャワー」を浴びる環境をつくる
(オーディオブック / 講演映像 / 授業映像 / テレビ映像 / ラジオ音声)

モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(4)
2.2 表現のストックをため込む/使う
(表現を学ぶための読書 / 適切な言葉の選び方を学ぶ / より適した表現を模索しながら書く)

モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(5)
2.3 「音」と「リズム」の習得

モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(6)
2.4 英文構成の瞬発力をつける
2.5 即興的にバリエーションを生み出すための文法を身につける

モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(7)
3. 多面的なアプローチによるスパイラルアップ


※『人工知能学会誌』に書いたエッセイ「モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築」(井庭 崇, , Vol. 25, No. 5, 2010年9月)をベースに大幅に加筆・修正。
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モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(7)

3. 多面的なアプローチによるスパイラルアップ

日本で書店に行って、英語学習書のコーナーに行くと、実に多くの本が出版されている。それぞれ独自性を出すために、「これだけ覚えればOK」、「この基本文法さえわかれば問題ない」、「発音が悪くてもこれで通じる」など、一部の範囲/能力だけを強調するようなものが多い。しかし、それらは、学び始めるときの心理的な壁を低くしてくれるものの、信じ過ぎない方がいいように思う。

英語力を伸ばそうとするならば、すべてをやり、多面的に向上させていく必要があるからである。単語も、熟語も、文法も、構文も、スタイルも、発音/イントネーションも、英語特有のリズムも、ライティングも、リーディングも、リスニングも、スピーキングも、ボディ・ランゲージも、その背後にある文化も、すべて大切なのだ。それらは、相乗効果を伴いながら、スパイラルアップしていくものだと思う。私自身、このような多面的なアプローチによるスパイラルアップをイメージしながら、英語に絶えず触れることができる環境構築を日々心がけている。


「英語ができることがアドバンテージになる時代は終って、英語ができないことがディスアドバンテージになる時代が来た」———これは、私の知り合いの若手研究者の言葉である。彼は南米出身で、現在はMITで教えていてる。母語ではない英語で人々に語りまくり、グローバルなアカデミックの世界に切り込み、フロンティアを突っ走っている。その姿に、私も大きな刺激を受けている。

日本では、いまだに「まずは日本語をきちんとやるべき」という声を聞く。「英語か日本語か」ではなく、「英語も日本語も」という発想が必要だと私は思う。母語としての日本語はきちんとやるべきだし、それと同時に世界と渡り合うための英語。その両方が必要だ。

私たちは今、「英語を使う」=「海外で暮らす」ではない時代に生きている。日本にいながらも英語で学び、英語で仕事をする。それがグローバルな時代ということだろう。日本にいながらの環境構築。今回書いた私の経験と方法が、何らかの参考や刺激になれば幸いである。

(Fin.)

※「モバイル時代の英語力強化法 ―日本にいながらの環境構築―」(井庭 崇, 『人工知能学会誌』, Vol. 25, No. 5, 2010年9月)をベースに大幅に加筆・修正。
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モバイル時代の英語力強化法:日本にいながらの環境構築(6)

2.4 英文構成の瞬発力をつける

会話において必要となるのは、その場その場でリアルタイムに英文を構成できるということ。それができなければ、自分が言いたいことを言うこともできないし、相手の言ったことに反応することもできない。実際、英語で会話をしているとき、簡単な内容なのに言葉にできなかったり、会話の後で「あぁ、あのときこう言えばよかった」と思うことはよくあることだ。

瞬発的に英文構成ができる力をつけるには、どうしたらよいだろうか? 僕がよいと思う方法が、『どんどん話すための瞬間英作文トレーニング』(森沢洋介)で展開されている訓練だ。取り上げられているのは難しい文章ではなく、ごく簡単なものばかり。最初の文は、なんと、"This is a good book." だ。

それでも、CDに収録されている音声で日本語を聞き、すぐにそれに対応する英文を思いつくかというと、これがなかなか難しい。読み上げの間隔が絶妙で、瞬発的に思いつかないと間に合わないようにできている。しかも、実際にやってみると、自分がいかに適当な文で話していたか、ということも痛感する。this と that、単数と複数などが、めちゃくちゃだったと気づく。つまり、正確に瞬間英作文ができていないということだ。このことに気づくだけでも、大きな一歩が踏み出せたといえるだろう。

このような訓練を積むことで、英文の基本パターンを自分のなかに刻み込んでいく。くり返し覚えて、「身体で覚える」。この基本パターンを実際の会話のなかで使うことができれば、英語での会話も、これまでとはかなり違ってくるはずだ。


2.5 即興的にバリエーションを生み出すための文法を身につける

もちろん、基本パターンだけですべてを言い表せるわけではない。それらを組み合わせで、様々なバリエーションを生み出すことが必要だ。その「バリエーションを生み出す」ために必要なのが、やはり、文法だと思う。

僕らは中学校から英語を学び始め、文法を学び続けてきた。だから、「いまさら文法?」と思うかもしれないし、英文法の本を開いてみても「知っている」と思うものばかりだろう。しかし、それらを使いこなせているかと問われると、自信をもって Yes とは言えない人がほとんどだ。

そこで、少し視点を変えて、文法を学び直すことをおすすめしたい。それは、「バリエーションを生み出すための文法」という視点だ。「知識としての文法」は僕らはもう十分知っている。そうではなく、今度は即興的な英文構成の力をつけるという観点から、文法を捉え直し、身につけるのだ。

結局、どんなに込み入った話も、定型のパターンとそれらの組合せで成り立っている。だから、どのパターンをどのように組合せることができるのかを知れば、自分でもそういう文章をつくることができる。その組合せ方のルールが、文法である。定型からのズラし方の可能性を教えてくれるものだと言ってもいい。そういう視点で、文法を実践的な力に変えていこう。


以上のように、定型のパターンと文法を身につけることができれば、瞬発的に、かつ即興的に英文を構成することができるようになる。日本にいてもできることは、実に多い。


[15] 森沢洋介, 『どんどん話すための瞬間英作文トレーニング』, ベレ出版, 2006

※本エントリの内容は、「モバイル時代の英語力強化法 ―日本にいながらの環境構築―」(井庭 崇, 『人工知能学会誌』, Vol. 25, No. 5, 2010年9月)には含まれていない、書き下ろし部分。
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その場の興奮や感動も伝える、生き生きとしたメール

研究会の学生から、うれしいメールをもらった。


別件のメールの最後に、卒論研究の分析途中の結果報告が2行と、画像が1枚。

「きれいに描けたので、なんとなくお見せしたくなりました。」

その一行が添えられた画像は、ヴィジュアル的にとても綺麗なグラフだった。


おおおっ!

僕もその図に感動した。

そして、想像がバーーーッと広がった。


そう、そうなんだよ。

僕が求めている「生き生きしたメール」って、こういうメールのことなんだ!

このことを、ぜひ研究会のメンバーにはわかってほしい。


「すごいことを思いついた!」

「データ分析の結果がうまく出た!」

「うわぁ、 綺麗!」


そういうことを思った瞬間に、その場で書くようなメール。


そういうメールは、そのときの興奮や気持ちも一緒に乗せる。

だから、離れた場所にいる読み手も、その空気を体感して感動できる。

僕が研究会のメンバーに求めているのは、まさにこのような「生き生きとした」メールである。


でも、現状は悲惨なもので、研究会ML(メーリングリスト)にはミーティング・ログと、僕が書いたメールへの返信しか流れてこない。

ログは大切だけれども、それはあくまでも記録にすぎない。すでに死んだ情報だ。

やりとりがあると言っても、そのほとんどは僕が投げたメール(主に要リプライのメール)への反応。みんなが起点になることはほとんど無い。


そんな場が、面白いわけがない。

官僚的で形骸化したコミュニケーション。

死んでるML。

これではあまりにも残念すぎる。


2010年的のメディア環境で言えば、「その場その場の感動は、twitterで書いている」ということなのかもしれない。

しかし、実際にそのようなものは書かれていないし、研究についてtwitterで書けることにも限界がある。

だからこそ、MLをもっと活用してほしいと思っている。


こう言えばわかりやすいかな。

研究会MLをもっとtwitter感覚で使ってほしい。

研究しているなかでの驚きやうれしさ(そして悲しみや怒りも)、気づきや興奮、そういうものをもっともっとリアルタイムにシェアしてほしい。


僕は普段からそういうメール書いてるでしょ?

こんなの見つけた!見て! とか。

ああいう感じだよ。


各メンバーの感動が(リアルにもヴァーチャルにも)渦巻いている組織。

そういう組織こそが、生き生きとした創造的な成果を生み出すのだ、と僕は思う。
「研究」と「学び」について | - | -

懐かしの竹中研時代、懐かしの研究会論文

今日、竹中研ミニカンファレンスで現役生にコメントをしているときに、ひとつ衝撃の事実に気づいた。


それは、僕が竹中研に入ったのは、なんと、15年も前だということ!

15年前? うそーーー。信じられない。

(そんなに年をとった覚えはない。。。ないよ、ぜんぜん。汗)


当時は、3年生になって初めて研究会に入るというカリキュラムだったので、ちょうど学部3年生の春のこと。

経済学をほとんど何も知らない僕が、環境問題のマクロ政策を考えたくて竹中研に入った。


本当に右も左もわからない。

だから、いつも「中谷マクロ」(中谷巌 著『入門マクロ経済学』)を片手にキャンパスを歩いていたのを覚えている。

経済理論もわからないし、計量分析のこともさっぱりわからない。

頭の回転が早い竹中先生の話にも、全くついていけない。

ゼミで同期の友達がする話も議論もよくわからない。
(これは僕だけのせいではなかったのかもしれないが。笑)


わからないから、必死で勉強するしかなかった。

毎日、メディアセンターが閉まる時間(夜11時)まで、机にかじりついていたのを覚えている。

そして、同じように竹中研の同期もみな、閉館まで残って勉強していた。


そんなこんなで、研究会に入って3ヶ月でミニカンファレンスの日がやってきた。

学校に何日も“残留”(キャンパスに泊まり込んで作業すること)したし、計量分析も論文執筆も当日の朝まで続いた。

完璧とはほど遠いが、なんとかカタチにはなった。


経済学の勉強も論文を書くのも初めてという状況で書き上げた論文。タイトルは、

「エネルギー価格が経済に与える影響:L, K, E を投入要素とする Two-Level CES 生産関数の推定」

同じくその春学期に研究会に入った同期の子との共著論文。


実にかたいタイトルの論文だが、内容もかなりハード。

数式展開がやたら続いている。

先行研究の論文から計量の式をもってきたものの、結果の式だけでは意味がわからなかったので、ゴリゴリと自分で数式展開して意味を理解する必要があった。

とはいっても、僕は高校数学までしかやってないから、微分の勉強などもしながら進めていく必要があった(夜までメディアセンターに籠ってウンウン唸っていたのは、この式の展開だったと思う)。


あまりに懐かしくなったので、昔のハードディスクを探してみたら、論文ファイルを発見!

「エネルギー価格が経済に与える影響:L, K, E を投入要素とする Two-Level CES 生産関数の推定」(PDF)

うーむ、懐かしい。。。

懐かしすぎる。

(1995年って書いてあるから、確かに15年前だね。。。ひょえ〜。)



この論文、うれしいことになかなか好評価だった。

竹中研ミニカンファレンスでは、先生がいくつかの研究を選んでAWARDを出すのだが、なんと、僕らの研究もAWARDをいただいたのだ。


それで調子に乗った(のか?)僕らは、この論文をベースに加筆・修正して懸賞論文にも出してみた。

そうしたら、これまた驚いたことに、河上記念財団懸賞論文(経済:学生の部)の賞をいただいた。

ビギナーズ・ラックってあるもんだ、と思った。


そんなわけで、最初に書いた論文はこんな感じのものだった。

僕が経済学らしい論文を書いたのは、後にも先にもこれ1本だけ。

次の学期からは、複雑系経済学というオーソドックスではない分析に取り組み始めたから。

(ちょうど、Paul Krugman の『The Self-Organizing Economy』の原著が出たころ。)


あいかわらず僕は経済理論についても経済の現状についても無知だけれども、こんな時代もあったんだぜ、という昔話でした〜。
ちょっと昔の話 | - | -

竹中研ミニカンファレンス(研究成果発表会)に参加してきました。

竹中平蔵研究会のミニカンファレンス(研究成果発表会)に参加してきた。

カンファレンスは、竹中先生のこの恒例の言葉から始まった。


研究と勉強は違う。

研究は、誰も知らないことを明らかにすること。

勉強は、自分が知らなかったことを知ること。

だから、研究と勉強は全然違う。

今日は、勉強の成果を発表する場ではなく、研究の成果を発表する場です。

ぜひ知的な議論をしましょう!



僕も竹中先生のこの言葉を継承し、自分の研究会などでよくこの話をしている。
(この話については、以前のエントリ「研究と勉強の違い」も見てみてほしい。)

MiniConference.jpg


カンファレンスでは、各自の問題意識にもとづくテーマで、現状を把握し、計量分析が行なわれ、それを踏まえた政策提言がなされた。


そのような研究成果が、丸一日かけて(実に朝9時から夕方5時まで!)、次々と披露された。

発表者は、学部1年生から修士2年生まで。

日々仲間と教え合い、切磋琢磨しながら、ここまできたのだろう。


竹中研は今春から再開したので、3ヶ月前もしくは9ヶ月前にゼロから出発した研究ばかりだが、どれも力作ぞろいだった。

OBやOGの鋭い質問やコメントにもしっかり答え、きちんとやりとりしていた。

なかには英語での発表/質疑応答もあったが、そのやりとりも実に見事だった。


みんな、立派だったよ。おつかれさま!


ちなみに、竹中研のカンファレンスは、全員スーツで参加し、質問や応答にも「知的マナー」に則ったプロフェッショナルの対応が求められる(=言い訳しない/きちんと返す)。

だから、カンファレンスはシャキっとしていて気持ちがいい。

高い志をもって臨むからこそ、知的刺激に満ちたアカデミックな場が実現できる。


この伝統についても、僕の研究会で引き継いで実践している。

そんなわけで、研究テーマこそ違えど、井庭研の一部は、実は竹中研の伝統を受け継いでつくられているといっても過言ではない(それ以外の部分は、井庭研の学生たちと毎年試行錯誤を重ねながらつくってきたものだ)。

さぁて、井庭研の最終発表会(1月末)も、楽しみになってきたぞ!
「研究」と「学び」について | - | -

研究者としての自分のライフワーク

研究者としての自分のライフワークを、一体何にするのか?


かれこれ5年ほど悩んできたが(相当悩んだ)、

ここ最近、だいぶ定まってきた気がしている。


そのテーマは、人類の歴史的なスケールの射程をもつが、

今、取り組むべきことは明確に手元にある。


僕に貢献できることもあるが、

自分が生きているうちにはとても解決しないような壮大な話。


そして、学問分野をかなりまたぐので、

まっとうな研究者は取り組もうとは思わない。


しかし、僕にとっては、昔からの興味も

最近の研究も、広く包含する。

そんなテーマだ。



ここに行き着くことができたのは、

今年僕が触れた熱き探究者たち(研究者もいれば技術者もいる)

から受けた知的な刺激があったからだ。

本当に感謝が尽きない。



具体的な大きな成果を生み出せないまま、年末に突入している2010年だが、

なかなかよい年末かもしれない。
このブログについて/近況 | - | -

『思想地図β』が出版されました。ぜひ多くの人に読んでほしい。

東浩紀さんたちの『思想地図β vol.1』が出版され、著者献本が届きました。ありがとうございます!

単に編集に責任をもつというだけでなく、自ら出版社も立ち上げ、本が完成して出版されるところまできたというのは、本当にすごい。相当に強い意志を感じるし、その創刊号に参加させてもらえたことを光栄に思う。

shisochizubeta.jpg


僕が出たのは特集のひとつ、パターン座談会。

特集第二部 パターン・サイエンス
「パターンの可能性――人文知とサイエンスの交差点」
 井庭崇+江渡浩一郎+増田直紀+東浩紀+李明喜


この座談会は、まず人選がユニーク。「学習パターン」など、新しい領域で実際にパターン・ランゲージを作成してきた井庭。著書『パターン、Wiki、XP』のなかで、ソフトウェア分野におけるアレグザンダー思想の影響について論じた江渡さん。複雑ネットワークの研究者である増田さん。pingpongプロジェクトのデザイナー李さん。そして、司会として東さん。普通じゃないでしょう?(笑)

特集の扉にも書かれているように、この対談は「『パタン・ランゲージ』のクリストファー・アレグザンダーの現代的評価を巡り真っ向からぶつかりあい、各々のパターンへの取り組みの違いが鮮明になるなど、大変スリリングなものとなった」。実際、まさにこのような衝突によって、それぞれがどこにこだわっているのかが明示的に語られた貴重な対談である。

僕も、勢い余って「ネットワーク科学からパターン・ランゲージ2.0をつくるのではなく、アレグザンダーのコンセプトからネットワーク科学2.0が導かれる必要がある」などと吼えている!(笑)

なにはともあれ、パターン・ランゲージやクリストファー・アレグザンダーに興味がある人にも、ネットワーク科学の新しい方向性に興味がある人にも、人文と科学の間を考えたい人にも、ぜひ読んでほしい。

そして、パターン・ランゲージにおける「パターン」と、サイエンスにおける「パターン」の指し示すもの/意味のミッシング・リンクは何かを考えてほしい。この対談は、まさにその出発点になるのだと思う。


もちろん、この本、僕らが出た座談会以外のところも読みどころ満載。どれだけすごいかは目次(http://contectures.jp/shisouchizu-beta/)を見て確認していただきたい。


編集長であり発行人である東浩紀は、巻頭言でこう語る。

「ぼくは本誌を、いままで思想や批評に、そして言論一般に関心を抱かなかった人々にこそ、手にとってほしいと願っている。」

ぜひ多くの人に読んでほしい、と僕も願う。


『思想地図β vol.1』(合同会社コンテクチュアズ, 2010年12月出版)
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